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□苦いチョコと甘いモノ
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彼と付き合い始めてから最初のバレンタインが来る。男の子も女の子も浮き足立っている周りのピンク色の空気が、今はとっても色あせて見える。
2月に入ってからすぐ、オレは阿部くんにさりげなくリサーチしようとていた。
真っ暗になった帰り道。別れるのが名残惜しい俺たちは公園のベンチで寄り添って温かい飲み物を飲む。オレはココア、阿部くんはブラックコーヒー。
何気ない会話が途切れ、ふと見つめ合う。あ、阿部くんがキスしたがってる目だ。そうぼんやり思っていると、視界が阿部くんでいっぱいになる。
「っん…」
舌が入ってくる深いキスは未だに慣れない。今日の阿部くんのキスは苦いコーヒーの味がした。
「ふ……苦しくなった?」
「う…ちょっと…」
キスした後の阿部くんの顔は、なんだかとっても男の人って雰囲気で、なんだか目を合わせるのが恥ずかしい。
「今日の三橋のキス、ココアの味がした。」
ほっぺたを撫でられながら耳もとでオレにだけ聞こえる声でささやく。
まだ冬の真ん中で、空気はとっても冷たいのにオレの顔は熱い。そんな変化を悟られないようにオレはちょっとプィッとしながら言う。
「オレも…阿部くんの、キス、コーヒーで苦かった…」
「でも、オレのキスで苦いのは嫌いじゃないだろ。」
このかっこいい笑顔は反則だと感じる。またほっぺたが熱くなった気がした。
そういえば、とオレは思い出す。今なら不自然じゃない、はず。
「阿部くんは、甘いもの嫌い?」
「ん?三橋のキスならオレの大好物だけど?」
さらっと恥ずかしいことを言う阿部くん。ぽすんと阿部くんの腕を叩きながら、俺は慌てて訂正する。
「じゃ、なくて!食べ物、で、甘いの!」
「ん〜、甘いのはあんまり得意じゃねーかも。どっちかっていうと苦手な部類だな。」
「そっか…」
阿部くん、甘いの好きじゃないんだ…そういえば、差し入れでも甘いものは食べるの遅かったかも…
それから阿部くんに家まで送ってもらって、バイバイのキスをしてその日は終わった。


阿部くんは甘いものが嫌い…
その情報が、今オレの元気を無くしている理由だった。バレンタインが1日1日近づくたびに、その欝欝しさも増してくる。
こうなったら、恋の話が大好きで、ちょっとおせっかいなオレのいとこに頼るしかない。

『やだー、レンレンそんなことで悩んでるの?』
電話先からとっても楽しそうな声が聞こえてくる。
「ルリ、オレ 本気で、困ってるんだから!」
『あーはいはい。茶化してごめんごめん。…で、甘いもの嫌いって言われただけなんでしょ?だったら答えは簡単じゃない。ビター系のチョコとか使えばいいのよ。』
「ビ、ビター?」
ビターチョコは考えなかったわけじゃないけど、何となくこれも阿部くんの好きそうな味ではないんじゃないかと感じていた。
『そ。苦いチョコ。…それぐらい知ってるでしょ?』
「う、うん。でも…」
『四の五の言わない!苦いチョコでも調理方法でだいぶおいしさ変わってくるのよ。レンレン、どうせなら手作りにしてちゃんと『阿部くん』用のチョコ作ってあげなよ。』

次の日、俺は本屋に居た。
いつものように阿部くんが一緒に帰ろうって言ってくれたけど、今日はどうしてもチョコのヒントがほしくて、その誘いを断ってしまった。
お菓子作りのコーナーには女の子がたくさん居て、オレもその中に混ざりながら阿部くんに合いそうなチョコの本を探してみる。
基本のトリュフやガナッシュはもちろん、生チョコ、マフィン、マカロンなんかもあった。
その中でオレは一つのレシピに目を奪われる。
ガトーショコラ。これなら甘さを抑えて、阿部くんにも食べやすいものを作れるかもしれない。俺はその本を持ってレジへと急いだ。

「……うう」
本を見ながら作っているのにどうしても失敗してしまう。
焦がしてしまったり生焼けだったりで、お菓子をあまり作ったことのない俺にはとっても先が長い。
でも、試しに作ってみてよかった。まだあと少しだけ時間がある。
オレはその日からバレンタイン当日まで、なるべく早く帰って練習することにした。

「三橋!一緒に帰るぞ。」
部活帰り、阿部くんが声をかけてくれる。
「あ、あの。オレ、早く帰らなきゃいけなくて…」
「またかよ。…最近ずっとだな。」
不信な顔をした阿部くんに、オレは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「本当にごめんなさい!」
阿部くんの顔も見れずに、オレは逃げるようにかえって言った。

そんな犠牲もあって、オレのガトーショコラは日に日にマシになっていく。お父さんやお母さんに協力してもらっていいところやダメな所もだいぶ分かってきた。
そしてバレンタイン前日の深夜、オレはやっと阿部くんにあげるガトーショコラを完成させることができた。
カカオの多いチョコで甘さも抑えることが出来ているし、これなら阿部くんに食べてもらえそう。
明日学校に持って行き、朝イチで阿部くんに渡す。そう計画を立てて俺は眠りについた。
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