log

□鎖 4
1ページ/1ページ



数回鳴り響いたコール音の後に彼の声が聞こえることは無かった。
まだ起きてくれていてもいいような気がしたけれど、中途半端に切ってしまった夕方の会話を思うと仕方がないことなのかもしれない。

わたしが無言で携帯を切るのと隣で煙草をふかしていた阿部くんが口を開くのは同時だった。


「女のところでしょうね」

そんなことあるわけない、とは言えなくて、そんなふうに思ったところで、わかりきった事実を眼前にすれば何の意味もなさない。
変なの。自分の彼氏のことなのに怒りも悲しみも何も沸いてこない。諦めてるのか、受け入れてるのか。こんなに落ち着いてる自分を哀れむべきなのか。
阿部くんが足元に捨てた吸い殻をわたしは爪先で踏んだ。フィルターぎりぎりまで吸った煙草。阿部くんは何も言わない。けど、わたしには、阿部くんの考えてることわかるのだ。不意に向けられた彼の視線から、わたしに触れる彼の掌から。
−−−−榛名だけはやめとけ。
あの時、阿部くんは確かにそう言った。
−−−ほら、言った通りじゃないですか。
中学生のころの阿部くんに今の阿部くんが重なる。


元希の部屋で帰りを待っていると、甘えた女の声で留守電が入るようになった。元希くん今度はいつ会えるの、この間はありがとう、早く会いたい。
今までもなんとなく、そんな気はしてたけど、気のせいで片付けるようにしていた。
彼にはわたし以外がいる、それが決定的となったとき、わたしは元希にその事実を突き出せなかった。わたしは逃げたのだ、阿部くんの腕の中に。
だからもう、わたしは元希に何も言えなくなった。

彼はわたしがいなくてもいい、代わりの女の子はいくらでもいる。
阿部くんは、わたしを必要としてくれてる。
選ぶべき答えはいつも簡単に見えそうで、けれど決して知りたくはなかった。



「あ、」

暗闇に阿部くんの漏らした声が響く。

「黒のフェラーリ」

わたしは顔を上げた。
彼は、わたしを離さない。いつもぎりぎりのところでわたしを掴んで離さないのだ。
ねえ、阿部くん。だからだよ、まるで鎖で繋がっているかのような、
彼をわたしは断ち切れないのだ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ