戦国幸佐

□さようなら愛しいお馬鹿さん
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「この大馬鹿者!!」
「・・・は?」
つか何それ、労われこそすれ何でご立腹なのよ、旦那。
「誰が敵の前に飛び出す事を許可した!?」


≪さようなら愛しいお馬鹿さん≫


「あのね・・・」
馬鹿だ馬鹿だと連呼する主に、思わずカチンときて、佐助が立ち上がる。
「あんたの詰めが甘いから、とばっちり喰うんでしょーが!!」
「何だと!?」
「いつも周囲に注意しろって、俺様あれだけ言ってるよな!?」
あんな無防備に敵の前に飛び出して。
まあ、旦那にしてみりゃいつもの事なんだけど。
敵に「攻撃して下さい」って言ってるも同然なんだよ?
今回だって、俺様があんたを庇わなかったらどうなってたよ?
「俺様だから、この位で済んだワケ。あんたがこの傷受けてたら、確実にあの世行き決定だね」
「ぅぅうるさい、うるさいっっ!!」
そう毒付いた佐助に、幸村もカッとして立ち上がる。
「この程度で傷を負うなど、佐助なんか忍び失格だああぁぁあッッ!!」
バシッと六紋銭を投げつけると「さっさと三途の川でも渡ってしまえ」と罵り、幸村はその場を後にした。



   * * *



いつもなら、すぐに詫びを入れに来るだろう・・・そう思っていた佐助が、全然姿を見せない。
返しに来る口実に謝らせよう、などと姑息な事を考え、六紋銭まで置いて来たのに、一向に返しに来ない。
苛々して、絶対自分からは会いに行くものかと思い・・・とうとう根負けした。
考えてみれば、労いも何もせずに、いきなり怒鳴りつけた。
(俺を庇って怪我を負ったのに、酷い事を・・・)
道具として佐助を見た事なんて一度もない。
自分を大切にせずに、攻撃を受けた幸村の前に飛び出した佐助に腹が立ったのだが。
きっと佐助は怒っているに違いない・・・。
そう思ったら、いてもたっても居られなくなって、佐助の部屋へ足を運んだ。

が。

戦前のままの形を残したその場所に、本人の姿はなかった。
まさかまだ手当てを受けているのか。
慌てて先程の場所へ向かう途中で、幸村は女中から心臓が止まりそうになる一言を喰らった。
佐助と言い争って、幸村がそこから飛び出した後。
此処で処置するには限界と判断し、佐助は忍隊の詰所に身柄を移されたと言う。
確かに佐助の身体は痛々しそうだった・・・が。
幸村と口喧嘩する元気はあったではないか。
(毒、などと・・・)
女中の話では、佐助を攻撃した武器には、甲賀の忍びには未知なる毒が塗ってあったという。
傷口から浸透した毒が、幸村が去った直後に佐助を昏倒させたと言う。
そんなやりとりを思い出しながら、冷たい汗が幸村の背筋を伝った。



   * * *



普段は訪れる事のない、忍びのみの領域に足を踏み入れる。
途端、
音もなくひとりの忍びが、幸村の前に頭を下げて現れた。
「突然入ってすまぬ、佐助がこちらにおると聞いた故・・・」
「長は今、体内の毒を解毒しておられます。面会は出来ぬかと・・・」
「どうしても駄目でござるか・・・?」
真田家当主直々に頼まれ、拒否権がある筈もないのだが、忍びは幸村に「お覚悟を」と一言だけ告げ、案内する意志を見せた。
「そんなに容態は酷いのか?」
心配そうに忍びの顔を見ると「いいえ」とあっさりと首を横にふられた。
「私達にとってはいつもの事です、ですが・・・」
「なんだ?」
「幸村様には・・・正直、見るのはお辛いかもしれませんね」
「?」
なんなんだ?
佐助がどんな状態なのかはわからない、
が。
自分にとっては尋常ではない、
暗にそう言っているのだ。
無表情を崩さない忍びの顔を見つめた。
慣れているとは言え、毒に蝕まれているのなら、傷みを伴っているに違いないのだから。
幸村は唇を噛み締めた。
「某などを庇うから・・・」
悔しそうに呟いて、黙り込んでしまった幸村に「それは違います」と忍びは言った。
毒に抵抗力のある忍びの身体だからこそ、生きてられていると。毒に抵抗のない幸村が喰らっていたら即死だったと。
そう言えば、確かあの時・・・佐助も似た様な事を言ってたなあとふと思い出した。
その身体が毒に侵されているとは、一言も言わなかったが。


水の供給と生存確認以外は、佐助の希望で誰にも見られたくないから人払いしてある・・・というその部屋に案内した途端、忍びの姿はすぐに消えた。
「佐助・・・」
静かに襖を開け、事前に言われていたにも関わらず、幸村は絶句した。

両の手足は四隅にきつく縛り上げられ、自由を奪われていた。
その両手首からうっすらと血が滲んでいる。
よほど壮絶な苦しみと戦っているのだと、確かに目を覆いたくなった。
誤って舌を噛み切らぬように、もしくは苦痛に耐えられなくなり自害などせぬように、口には手拭いが突っ込まれている。
「佐助!!」
突然現れた主の声に、一瞬苦しむのも忘れ、佐助の視線が幸村に集中した。
口元が僅かに動いたのを見て、幸村は佐助の口から手拭いを取った。
「ははっ・・・旦那が、見えるなんて、粋な、計らいだね」
「佐助ッッ!!」
夢ではない、と伝えたくて、幸村はその右手の拘束を解き、ぎゅっと握り締めた。
「え・・・・・・旦、那・・・?」
佐助の瞳がゆっくりと、だがしっかりと幸村を捉えた。
「なん、で、ここに・・・?」
「佐助えぇ〜・・・」
泣きそうな顔。
今まで苦痛にひたすら耐え、握り締めていたのを幸村に熱を与えられた事に安心したのか、握り締めていた拳から力が抜けた。
左手から小さく聞こえた金属音に、幸村が反応して手を開く。
と、そこには先程、幸村が投げつけた六紋銭が、佐助の手のひらで揺らめいた。
その瞬間、幸村は、自分が先程吐き捨てたおぞましい言葉に、激しい恐怖を覚えた。
さっさと三途の川でも渡ってしまえ・・・なんて。
「嘘・・・だぞ? 命令じゃないでござるよ!」
苦痛に顔を歪めながらも、佐助は幸村に笑顔を必死で見せようとする。
「お馬鹿・・・さん」
嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・。
そんな表情、佐助じゃない。
いつも可愛くない位飄々としてて、へらへら笑っている・・・それが佐助だろう?
「死ぬなよ・・・?」
佐助と言い争うだけで、この心には亀裂が入る。
ならば・・・。
佐助がこの世から消えたら、きっと粉々に砕けてしまう。
「死んだら許さないからな、佐助!!」
「旦、那・・・」
ぼろぼろと、その瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「絶対、絶対駄目だからな!!」
「旦那、ここに、居るの・・・嫌じゃ、ない?」
「そんなわけあるかっ!」
「じゃあ、さ・・・」
弱々しく笑う。
「手・・・握ってて、よ」
言われるまでもなかった。この手を握った時に、佐助が安定するまで絶対に離さないと決めたのだ。
「絶対離さぬ、だから頑張れ」
「ん・・・。」
口移しで水を飲ませ、手拭いを再び口に戻すと、幸村は佐助が握り締めている六紋銭を取り上げた。
「これは返して貰うぞ」
誰が三途の川なんぞに送るものか。
これは自分の大切な忍び、誰にも渡さない。
そう思いながら、幸村は闘う佐助の手をぎゅっと握りしめた。




― End ―

■ 2008/12 執筆。
お題提供:マヨヒガ様。
(擦れ違う二人の心で・10/10題)


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