戦国幸佐

□ひとり芝居に終幕を
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※ 【ずっと君が好きだから】の佐助視点。


ひきつった笑み、信じられないと言うような表情。
全て、俺様の作りもの。
猫の皮?
そんなものは何枚も被っている。
年季が入りすぎて、すでに化け猫と化してるかもね。



≪ひとり芝居に終幕を≫



「嘘・・・だろ?」
一応、声にも驚愕を表してみる。
目の前には、自分に銃口を向け、悠然と微笑む美しい忍び。
ほらね、全て・・・事は思いのままに動いている。

狼狽してみせる表情を見せたまま、猿飛佐助は心の内でほくそ笑んでいた。

ほら。
あとはその銃弾が、この命の灯を消すだけだよ・・・。



奇しくも今日は、めでたい日。

幸せそうに、主の真田幸村が、大将と互いを労い、勝利を讃える拳を交えている。
それを少し離れた屋根の上から見守る。
空は澄みきって快晴、暑い位に注ぐ陽の光までもが、武田の祈願達成を祝福しているくれているように思えて、佐助は少しだけ物思いに耽っていた。
(終わった、な)
嬉しくない事はない。
長きに渡った戦いがやっと終焉を迎えたのだ。
それも武田の天下統一という最高のシナリオで。
沢山の血が流れた。
数多もの命が戦場に散った。
それら全てを、決して忘れないと誓いながら、先程 幸村は二双の槍を封印した。
もう二度と使わない事を願う、
そう言って柔らかな笑みを浮かべた。
そう、武器は封印されたのだ。
それは、武器として存在する忍びにとっても・・・
(そういう事でした・・・っと)

戦が終わって嬉しい、
旦那が幸せそうで嬉しい、
旦那が武器を握る日は、もう来ない。

何もかもが幸せで平和な世。
けれど、そこに佐助の居場所はなくなった。
忍びの存在理由がなくなったのだ。
真田家に仕えたのは、幸村を守るため。
その危険がなくなれば、自ずとその役目も必要なくなる。
主に必要とされない自分など、生にしがみつく理由などないのだ。

・・・戦が終わって嬉しい、
旦那が幸せそうで嬉しい、

それは嘘じゃない。
だけど、なんとなく複雑なこの気持ちは・・・この小さな胸の痛みは。
自分だけが抱えていていればそれでいい。
あとは自分がどう朽ちてゆくか・・・そんなことを考えていたら、目の前に現れたのだ。

自分と同じ痛みをもつ、同郷のくのいちが。

佐助の目前で悠然と笑みを浮かべたまま、かすがは躊躇なく銃の引き金を引いた。
轟音と共に、その衝撃波に、佐助の身体は吹っ飛ばされる。
鮮やかな赤が視界に入り、佐助は自分の左胸部に風穴が開いたのを確認すると、満足そうに笑みを浮かべた。
(お役目・・・完、了)
次の瞬間には、もうかすがの姿はなく、佐助はそのまま屋根を転がり地上へと落下した。
肩で骨の砕ける音がしたが、既に痛みはなく、凍てつくような寒気だけが佐助を覆い尽くす。
何か、周りが騒がしくなってきたような気もするけれど、もう何も考えたくない。
最期に旦那の幸せそうな顔が見れて良かった。
武器であり影として生きた筈の自分が、こんなに幸せな・・・「人生」と呼べるものを送れたのは、旦那のおかげ。
(ねぇ旦那、)
旦那の側は、暖かくて楽しくて・・・・・・忍びが望んではいけない筈の幸せを与えられるのが、時々とても息苦しくて。
幸せだったよ。
ありがとう・・・。
言える立場も身分も到底自分にはなかったから、いつも旦那の気持ちに気付かない振りをしていたけれど。
(俺・・・旦那の事・・・・・・)

伝えきれない程の感謝を思い起こしながら、佐助の意識は闇に包まれた。



   * * *



左手に、暖かな熱を感じた。

(まだ・・・生きてる・・・)

朦朧とする意識、周囲を確認したくとも開かない重たい瞼。
痛い熱い苦しい・・・・・・。
このような状態は、何度も身に覚えがある。
この感覚を持つのは、まだ自分が生にしがみついている証拠。
佐助はそんな自分のしぶとさをどこか客観的に感じていた。
そんな事を考えたと思えば、また深い闇に引きずり込まれ、意識が遠のく。そして、再び意識が浮上する。
時折、とても暖かい感覚に包まれながら、喉を潤す水が優しく身体に染み込んでいく。
断続的に繰り返されるこの状態に終わりは見えない。

「・・・・・・。」
「・・・る」
「・・・・・・・・・!」
「・・・某を・・・・・・やれ」

次に意識が浮上した時、佐助は自分の周りのざわめきが、耳に届く感覚を取り戻した。
旦那・・・・・・?
たとえ見えなくとも、この声だけは間違えない。
誰と喋ってる・・・?
状況は把握出来ていないが、脳が指令を出すと右手がぴくりと反応した。
(動かせる・・・・・・)
次にゆっくりと瞼を開くと、ぼんやりとした視界の中に、愛しい主の広い背中を捉えた。
寝着をまとっただけの、無防備な主が、誰かと言い争っている。

「・・・・・・武器・・・守・・・」
「これは・・・・・・影・・・、・・・・・・った者だ・・・」

言い争いは淡々と続いている。
守らなきゃ。
旦那を、守らないと・・・・・・。
佐助は動いたばかりの指先を布団に這わせ、脇に置かれていたクナイを探し当てる。

「・・・令・・・・・・・・・た。そんなこやつが殺められる理由がどこにある!?」
幸村の大声が響いた時、ふっと佐助の意識が呼び戻されたようにクリアになった。
力の入らない手を、精一杯、幸村に伸ばす。
その手が幸村の背に触れた時、幸村の背がびくんと震えた。
「旦、那・・・・・・か・・・すが?」
「佐助!」
振り返った幸村がほっとしたような笑顔を向けたのはたった一瞬。
次の瞬間、幸村は佐助の頭を抱き込んでいた。
「痛ッ・・・な、に・・・旦那?」
全身を引きつったような痛みが襲い、佐助が苦痛に顔を歪める。
「旦那、重いよ・・・」
「うるさい黙れ!」
鋭い声、戦の時でさえも出さないような悲痛な声。
そして何故かこの場に居るかすが。

何?

何で?

何なの?

何が・・・・・・?

回らない頭でいろいろ考えて・・・。
「旦那・・・へーきだから・・・ね、そこどいて?」
「駄目だ佐助!!」
「だいじょーぶ、だから・・・」
力の入らない両腕で幸村を押し返し、かすがの姿を見やると、あの時と同じ・・・銃口をこちらに向ける姿を捉えた。
「・・・・・・かすが」
言いたい事はたくさんある。
何故ここに居るのか、とか・・・何故わざと急所を外したのか、とか。
いっそ殺してくれればどれだけ楽だったか・・・。
「戦忍、としては謝れない」
殺めたかった人間なんて、誰ひとりとして元々いやしない。
戦争、なのだから。
お互いそれは仕事、だったのだから。
仕方ない、そう割り切ることしか自分達には出来ない。
けれど・・・・・・
「だけど、同郷の、仲間だった忍びとしては・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「ごめん、かすが」
「・・・・・・。」
忍びから主を奪うなんて、これ以上ない拷問。
「ごめん・・・・・・」
「・・・・・・うるさい」
昔から変わらない、かすがの口調に思わず笑みが浮かぶ。
「・・・うるさいついでに一つ、いい?」
「・・・なんだ」
こんな事、言えばかすがを傷つけるだけだとわかっているけど。
それでも。
自分にも、命を懸けてでも守りたい大切な存在があるんだ。
「その人だけは・・・・・・殺さないでよ」
俺の命でいいなら、いくらでもあげるからさ。
「佐助!!」
途端に、再び幸村がそんなの駄目だと言うように、強く佐助を抱きすくめた。
自分を抱き締める幸村ごしに、かすがと鋭い視線が交錯する。
そして、ゆっくりと、かすがは銃を下ろした。
一瞬ふっと笑ったように見えたのは、佐助の気のせいだったか。
「死に損ないのくせに戯れ言を」
「なっ・・・誰のせいだと!」
思わず振り向いた幸村を見るその瞳に、既に先程までの鋭さはなかった。
「武田の虎若子よ、こいつが大事か・・・?」
「無論だ」
「なら気をつけるんだな」
「何を・・・・・・」
「こいつは、避けなかったんじゃない、私が生かしてやったんだ・・・・・・意味がわかるな?」
「やめろ、かすが」
佐助が睨みつける。
「死にたがっている者を殺める嗜好は、私にはない」
「かすがっ!!」
思わず幸村をはねのけ、かすがに掴みかかろうとした手は、身体が訴える激痛に阻まれた。
「ァ・・・・・・ッッ!!」
「佐助!」
その場に崩れ落ちた身体を幸村に支えられるが、思わず潜ませていたクナイを手放してしまい、布団の中で鈍い金属音を立ててしまう。
「佐助・・・・・・!?」
かすがが僅かに眉をひそめる。
「おぬし・・・・・・」
布団をめくりそれを確認すると、思わず幸村は言葉を詰まらせてしまった。
たとえ身体に自由が利かなくとも、旦那は殺させない。
この命に変えても、あんたのことは守りたいんだよ、旦那・・・。
そしてそんな一介の忍びを、身体を張って守ろうする主の姿。


・・・昔、
自分を武器の名で呼ぶくせに、かすがに危険が及べば躊躇なく「ひきなさい、つるぎよ!」と言ってくれた愛しい人が居た。
一瞬だけ記憶によぎり、かすがは羨ましそうに遠い目を向けた。
「かすが・・・。」
「・・・せいぜいその暑苦しい男を大事にするんだな」
無言で主従に背を向けたかすがを、佐助の声が引き留めた。
「復讐を果たすまで死ぬなよ」
「・・・・・・。」
「俺様がいつでも迎え撃ってやるからさ」
「・・・減らず口を・・・」

じゃあな、と呟くと次の瞬間にかすがの姿は消えていた。



   * * *



「・・・・・・佐助」
「あ、旦那ごめんね? 巻き込んじゃって」
ゆっくりと幸村に再び布団に横たわらせてもらい、佐助は申し訳なさそうに苦笑した。
そんな佐助に、大きなため息をつく。
「・・・何故あのような事を言った」
「・・・・・・わかるから、かな」
主のいなくなった武器の行く末を、知っているから。
「忍びは道具、主のいない忍びは錆びて朽ちていくだけ」
捨てられるならまだいい、
お前など用なしだ、と言われる方がどれだけいいだろう。
主を守れず、死ねもせず生き延びるなど、それこそ生き地獄だ。
「一応、昔馴染みとしては・・・自害なんてして欲しくなかっただけ」
もし自分が彼女の立場だったら、迷わず亡き主の後を追うとわかっていても。
「もうひとつ、あの忍びの言った事は真でござるか」
「え?」
「おぬしが・・・その、無抵抗だったと・・・」
「あぁ、その話・・・」
気まずそうに視線を逸らす。
「・・・おぬしはいつもそうだ」
かすがが語った一言は、やはり幸村の心に重石を残したか・・・と佐助は心の中で舌打ちした。
「何故・・・戦は終わったのに、死に急ぐ」
予想通りの質問、
それに佐助は笑顔で答える。
戦が終わったからだよ、と。
「?」
平和な世に、忍びはいらないんだ。
旦那だって武器を封印した。
だから・・・武器である、俺様然り。
俺様も封印されないとね・・・
そう言おうとした時、言葉を遮るように唇を塞がれた。
「ぅん・・・ッッ!?」
力の入らない身体を抱き込み、乱暴に佐助の口内を侵略する
「ん・・・・・・っ、は、」
苦しげに漏れる声。
唇をはなすと、痛みと苦しさに耐え、酸素を取り込もうと小刻みに震える佐助を無表情に見下ろした。
「何度言えばわかる。俺が佐助を武器と扱った事が一度でもあったでござるか」
あーあ、怖い顔しちゃって。
旦那の言うことはわかってる。

佐助は真田家に仕える忍びなのだから、勝手に朽ちる事は、絶対に許さぬ。

もう何度も聞いたって・・・。
「佐助、そなたは某にとっては何よりも大事な存在なのだぞ」
「旦那・・・・・・」
嘘偽りのない、真っ直ぐな眼差しで「おぬしが必要なのだ」と追言されると、佐助の瞳が切なく揺れた。
この言葉だって・・・聞きなれてる、筈なのに・・・。
ああもう、嫌だ嫌だ。
いつからこんなに涙腺弱くなったんだ、俺様は。
涙を零すまいと、何度も何度も瞬きを繰り返す。
「ずっと・・・側に居てくれるのではなかったのか?」
「・・・・・・そうだったね」
「戦乱の世は終わった。お館様統治の下、これからはもっと平和になるでござろうよ」
だから佐助・・・・・・。
「これからは某の為だけに生きよ、これが最後の命令だ」
そう言って、幸村は今度は優しく佐助に口付けた。
間近に見る幸村の顔に赤面しながら、佐助はおとなしく受け入れる。
「旦那・・・」
「なんだ?」
唇が離れると、佐助の手が弱々しく幸村の頬を包んだ。
「・・・隈、すごいよ」
寝ずに側に居て、見守ってくれていたのは一目瞭然。
主にそんなことさせるなんて・・・・・・恐れ多いのに、だけど嬉しかった。
佐助にとどめを刺しに来たと勘違いをし、かすがから必死に自分を守ろうとしてくれたのも嬉しかった。
「あ・・・。」
「?」
「・・・・・・って、これ、旦那の布団じゃん」
「左様だが?」
「俺が旦那の寝床奪っちゃってたんだ、ごめん・・・」
戻るから、と慌てて布団から抜け出そうとする佐助を、敷布の上から抱き締めると、「どこへも行くなと言っただろう」と耳元で囁いてきた。
「わか・・・ったから」
じゃあせめて布団に入ってよ、
そう真っ赤な顔で言い返せば「佐助、怪我人のくせに破廉恥だぞ」とからかってくる。
「明日からまた、鍛錬に励まねばな」
佐助の傷にさわらぬよう、遠慮がちに隣に潜り込んだ幸村が優しく佐助の髪を梳く。
「なんでよ、平和な世が来るんでしょ?」
「佐助を狙うあの忍びから、そなたを守らねばならないからな」
「・・・・・・お馬鹿さん」
何とでも言え、と柔らかく笑う幸村に、らしくもなく速まる鼓動を抑えつつ、佐助はゆっくりと瞳を閉じた。
その胸に頬を寄せれば、優しく抱き締めてくれる。
誰よりも安心するその匂い、体温・・・力強い心音。
忍びってのは、いつだってひとり。
死ぬ時だって一人だ。
そう教えられてきたのに。
この主には、忍びの定石は関係ないのだ。
これじゃあ、ただの死にたがりのひとり芝居じゃんよ・・・。
そんな事を考えながら、佐助は今一度、深い眠りへと誘われて行った。



― End ―

お題提供:マヨヒガ様。
(擦れ違う二人の心で・8/10題)


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