戦国幸佐

□温もりはいつか醒めそうで
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≪温もりはいつか醒めそうで≫


いつかこういう日が来ると思っていた。

六爪を自在に操る奥州筆頭の刃の前に、力なく横たわるのは自分の主。

それを、猿飛佐助は呆然としたように、ただ傍観していた。助太刀はするなと『お願い』ではなく『命令』されたから・・・。

いつかこういう日が来るとわかっていた。

ただ、自分が願っていた終焉とは違っていただけ。
自分のシナリオではそこに横たわるのは我が主、真田幸村ではなく、伊達正宗の筈だったのだ。
「お馬鹿さん・・・。」
呟くと、佐助は満足気に刀の血を拭いて、鞘に納めた政宗を無表情に見つめた。

一瞬の出来事だった。

放たれた強過ぎる殺気に、政宗は思わず地に膝を付いていた。
(っ・・・・・・!!)
ライバルとの決着に、手を出すなと遠ざけておいた兵がバタバタと倒れる音が遠くに聞こえる。
ドサッと空を飛んでいた鳥までもが、まるで撃ち落とされたかのように落下して動かない・・・。
なんて禍々しい殺気。
姿の見えない、その正体を視認しようと政宗が顔を上げた途端、左胸に痺れるような痛みが走った。
「Ha・・・見てるだけじゃなかったのかよ・・・・・・」
音もなく地に降り立ち、無言で政宗に近付くのは、予想通りの忍びの姿。
「そうだったね」
にっと佐助は残忍な笑みを浮かべた。
「俺様の生存理由を消しちゃってくれて、どうしてくれんの・・・」
「ッ・・・・・・ァ・・・・・・・・・」
自由の利かなくなったその顎を掴み、無理矢理上を向かせる。
「ああごめんね、もう声も出ないよね」
たった今自分が投げ刺したクナイを乱暴に引き抜くと、傷口から生暖かい血が流れ落ちる。
「ハ・・・・・・・・・ァ・・・ッ!」
「痺れるでしょ、それ」
毒塗ってあるからね、
でも大丈夫だよ、竜の旦那。
「すぐに楽になるから、すぐに・・・ね」
不敵に笑って自分を見下ろす忍びを、正宗はぼんやりと見つめた。
「あんたが憎いんだ・・・だから死んでくれ」
三日月を象る兜と、その腕から刀を三本、抜き取る。
「安心しなよ、ちゃんと右目の旦那に届けてやるさ・・・あんたの形見はね」
サヨナラ、竜の旦那。
最後にそう呟くと、幸村の亡骸を抱き上げ、佐助は颯爽と姿を眩ませた。

ねえ旦那、
旦那は幸せだった・・・?
(幸せだったよね)
だってこんなにも安らかな顔。
俺様が見守る中、最高の好敵手と一騎打ち出来たんだもの、幸せじゃないはずがない。
俺様も幸せだったよ、旦那。
仕事以外でも躊躇なく呼びつけるわ、戦場では人の心配を余所に猪突猛進するわ、毎日が慌ただしすぎて、俺様ってば全然忍ぶ暇なんかなかったじゃんさ。
正直困るんだよね、そういうの。
戸惑ってたんだよね、ほんとにさ。
・・・・・・でも。
そんな旦那だから、楽しかったし、楽しかった。
側に居させてくれて、ありがとう。
日の目を見せるつもりはない、自分だけの秘密だったけど、誰よりも愛してたよ・・・。
安らかなその顔に唇を重ね合わせると、佐助は「ちょっとだけ待っててよ」と優しく微笑んだ。
寂しくなんかない。
俺様が、旦那に寂しい思いなんかさせるわけないでしょ?
すぐに自分も追いかけるから・・・・・・。



      * * *



鋭い殺気に小十朗は思わず足を止めた。
すると、間髪を入れずに鋭く三本の刀が、足元の地面に深く刺さった。
自分の主の刀だと認識し、ハッとして上を見上げると、武田の忍びが木の上からこちらを見下ろしていた。
「てめぇ・・・!!」
怒鳴りつけようとして佐助を見上げた途端、片倉小十郎は絶句した。
「政宗様が・・・・・・負けたのか」
その手の上でくるくると遊ぶように佐助が転がしていたのは、紛れもなく正宗の兜。
「いや、竜の旦那の勝ちだよ」
小十郎の表情を楽しそうに見つめる。
「・・・でも俺様が殺した」
言ったと同時に、佐助は政宗の兜を小十朗に投げつけ、ひらりと地に降り立った。
「てめぇっ!!」
激情し、斬りつけてくる小十郎の刃を大型手裏剣が遮り、鈍い金属音がその場に轟く。
その瞳は怒りに燃えていた。
小十郎の刃をひらりとかわしながら、佐助は客観的に考えていた。
(やっぱ・・・一緒、だよなー・・・)
どんな主従関係だったかなんて、知らないし興味もないけれど。
主を失った悲しみだけは共有出来る・・・。
一瞬、幸村の姿が浮かび、遠い目をして動きを止めた佐助に、その隙を見逃さず小十郎が刃を突き立てようと、一気に間合いを詰めた。
「やめろ小十朗ッッ!!」
「!!」
聞き慣れた声に、ギリギリのところで刀を止めた。
が、次の瞬間、佐助の胸から鮮やかに吹き出した鮮血が、小十朗の顔に飛び散った。
(何っ・・・!?)
動きを止めたその刀の先端に、佐助自ら飛び込んだのだった。
「チッ・・・!」
某然と血の流れる自分の刀を見つめ立ち尽くしている小十朗を余所に、正宗がまだ痺れの残る身体を無理矢理引きずり、佐助に走り寄って来る。
「政宗様!!」
たった今、死んだと聞かされた主の登場。
信じられない物でも見るかのような小十郎の視線に「俺達はこの忍びに踊らされたんだよ」と短く言うと、血の気を失って横たわる佐助の元に膝をついた。
「shit・・・何やってんだよ・・・」
諫めるような政宗の視線に佐助は「へへっ・・・」と笑ってみせる。
「俺様ってば、旦那の武器だからね」
「?」
「・・・残念ながら、あんたを殺める事は、許されてないんだ・・・」
だから、言いつけ通り、急所は外してやったよ。
幸村はいつも、もし自分が死んだら、好きに生きろと言っていた。
自分の仇をうつことなんか考えなくていいと、そう言って佐助の頭をくしゃっと撫でてくれた。
「だから、あんたが・・・殺してやりたいほど憎くても、何も出来ないんだよね」
一気に喋ればごふっと咳き込み大量に吐血する。
「もう喋るな」
「自害、も、・・・・・・許されて、ない、んだ・・・・・・はは、・・・最、悪」
ならば、誰かに殺されるしかないじゃない?
早く旦那の元に行かないといけないんだから・・・。
「俺達を利用しやがったな・・・」
伊達の勝利だというのに、敗北感に歪んだ悔しそうな政宗の顔を見て、満足そうに佐助は笑った。

命令なんかなくたって、もとより政宗を殺す気なんかなかった。
そんなことしたら、幸村が悲しむし、右目の旦那だって自分と同じ思いをする。
なんの罪もない従者に、こんな悲しみを与えてはいけないと思った。

だけど、自分の愛する主を殺した仇。

政宗には死への恐怖を、小十朗には最愛の主の死の報告を。
・・・・・・これ位の嫌がらせ、許してよね。
「おい!!」
自分を囲む仇の・・・敵方主従を最期に瞳に映すなんて、なんて趣味が悪い。

旦那、

真田の旦那が最後に見たいよ・・・。

残り少ない力を振り絞って印を結ぶと、佐助は華麗に主従の前から姿を消した。

そうして、旦那の屍を抱き締めながら、安かで満たされた気持ちで旦那の後を追えればいい。



・・・・・・。



「やっぱこれが理想的かも・・・」

「何が理想的なのだ?」
「わっ・・・旦那!」
びっくりしたぁ・・・。
と、いきなり目の前に現れた幸村に、佐助は胸をばくばくさせながら、大きく一つ息を吸い込んだ。
妄想の世界から現実世界へ、一気に意識が引き戻される。
「鍛錬、終わったんだ。お疲れ様」
周囲を見回せば、既に人は誰もおらず。
大将の退出にすら気付かない程、自分の世界に浸っていたことに苦笑する。
「佐助が没頭するなんて珍しいな、何を考えていた?」
「ん? んー・・・死に方?」
「なっ」
「もし旦那が死んだら、その後の身の振り方っつーの?」
そんな深刻な事じゃなくて、ただの戯れ言よ?
そう言い加えて、心配そうにこちらを見る幸村の肩を安心させるようにぽんぽんと叩いた。
「佐助・・・」
「・・・旦那はさ、自分が死んだら好きに生きろって言うじゃない?」
だけど。
自分にとっての旦那の存在が、空気や水に勝るものみたいなのだと、ある時から気付いてしまったから・・・。
「どんなに考えても想像出来ないんだよね」
旦那のいない世界は、呼吸を止められたも同然だから。
無理に生き長らえようと思えば、きっと自分は狂っていくんだ・・・。
「馬鹿者」
「旦・・・・・・っ・・・!」
ぎゅっと頭を抱き込まれたと思ったら、唇を奪われた。
触れるだけの口付け。と言うより、言葉を諌めるように唇に噛みつかれた・・・という方が正しいのか。
「いきなり何すんのさ・・・」
上目遣いで睨み付ければ、それはこちらの言い分だと叱りつけられる。
「勝手にひとりで未来を見据えるな・・・」
そのままきつく抱き締める強い力と、心なしか怒ったような声音に、佐助はおとなしくその腕に捕らわれる事にする。
「某は、この戦国乱世の時代に屍となる気は毛頭ないのだぞ」
「うん・・・ごめん」
「・・・某を守ると言ったのは誰だ?」
うん、俺様だよ。
旦那は絶対守る、この命に変えてもね。
「死なせぬと言ったのは偽りだったのか?」
そんなわけないじゃない。どんな手段を使っても、死なせない。
でも・・・・・・。
それが出来ない相手がたったひとりだけ居るでしょ?

伊達政宗。

その脅威があるから、だからこんな馬鹿な事・・・考えちゃうんでしょ。
ああもう、いっそのこと大将が奥州筆頭への暗殺密命でも出してくれればいいのに・・・。
「・・・・・・ごめんね、旦那」
ころころ変わる主の表情は、今は泣きそうな顔で佐助を見つめている。
「嘘じゃない、守るよ。一生側に居るって誓ったからね」
その背中に両腕を回して抱きしめ返すと、更に密着させるかのように、幸村の腕が強まった。
「苦、しい、よ・・・旦那」
「二度と妙な事を考えるなよ」
「うん・・・」
幸村の胸に顔をうずめて頷く姿に、やっと安堵したのか、短く息を吐いて幸村が笑顔を見せた。

こんな自分の一抹の不安と仄暗い妄想は、幸村は知らなくていい。

大好きだぞ、と何度も囁いてくる愛しい主に身を任せながら、佐助は全く人の気も知らないで・・・と、大きなため息をついた。


― END ―

■ 無印BASARAの頃に執筆。
お題提供:マヨヒガ様より。
★擦れ違う二人の心で・2/10題★


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