宝物

□相互記念SS(銀新)
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じゃーね。
またなー。

そんな子供たちの声で目が覚めた。

昼間の陽だまりはどこへやら。
和室はほんのり茜色に染まり、外の空気も冷たくなってきている。
もうすぐかぶき町が動き出す時間だ。

肌寒さにぶるりと身を震わせれば、仄かに香る甘い匂い。
視線を天井から下へ下ろせば、自分にかけられている白い布。

これが匂いの原因か。

視線を右へ移せば、畳んだ着流しはそこにあって。
ならばこれは帰宅したあの人が脱いだものだろう。
毛布か布団をかけてくれればいいのに。
けれど、まるでマーキングのようにかけられた着流しに口元が緩んでしまうのは避けられなくて。

そっと着流しを引き寄せて、口元を覆う。

突然和室に入ってこられたら、言い訳ができないから。

どこで食べてきたのか、ほんのりイチゴの香りが鼻孔をくすぐった。
もぉ、と眉間に皺を寄せつつも着流しから香るあの人の匂いをすぅっと吸い込めば、イチゴの匂いはそこからはしない。

じゃあ、どこから?

どきりと胸が一つ大きく脈打つ。

そんなまさか。
いくらあの人でもそんなことはしないだろう。
いやでも。
ヘタレだから。

自問自答しても正解なんて出るわけがない。
眠っている間に起きただろうことに、少し頬を染める。

確かめるように唇を舐めた。

「あ…」

小さく零した言葉は以外に大きくて。
着流しをがばっと頭までかぶった。

和室の向こうにいるだろうあの人には聞こえなかったのか、こちらに来る気配はない。
それにほっとしつつ、真っ暗な着流しの中でもう一度唇の味を確かめる。

微かに残る、イチゴ牛乳の味。

どんな顔でしたんだろう。
どんな思いでしたんだろう。

触れられた感触がわからないなんて、もったいない。

そんなことを思ってしまう自分が恥ずかしくて、一度ぎゅっと目を瞑ってから起き上がった。

着流しを羽織って和室を出る。
居間にはいない。
ことことと、いつもなら僕がさせているはずの音が聞こえてきて、足を台所へ向けた。

そっと気付かれないように台所の入り口から中を覗けば、着流しを脱いだままの銀さんがいた。
割烹着もエプロンもつけていない後ろ姿。
ぴったりな服を着ているせいか、背中からでもわかる逞しい体にどきりとする。

肩から腕へのライン。
肩甲骨。
筋肉のつき方。

普段目にしない箇所を目にして、僕の鼓動は速まる。

抱きつきたい。

なんて感情が湧き上がる。

「見惚れるほどカッコイイ?」

かけられた声。
肩越しに向けられた視線。
にやにやと勝ち誇ったように笑う口元。

かっと赤くなれば、菜箸を置いてこちらに向き直った。
どうぞと手を広げられて、おいでと微笑まれる。

それに乗るのは見惚れたことを認めてしまうように感じて、面白くない。

「…イチゴ牛乳」

ぽつりと零した言葉に、銀さんの体が強張った。
広げた腕を下ろし、いやあのその、なんて歯切れの悪い単語が続く。

いつも余裕で、振り回されるのは僕ばかりで。
ちょっとくらいうろたえればいいと思っていたところに、こんなチャンスが舞い込んでくるなんて。

「味がしたんです」

言って右手の人差し指ですっと唇をなぞる。

ぐっと息を飲んだ銀さんに、一歩近付く。
肩に羽織った着流しを脱ぎ、銀さんの肩にかけようと背を伸ばして。

「銀さんからもしますね。イチゴ牛乳の味」

触れた唇。
少しだけぺろりと。

固まってしまった銀さんに微笑んで、感触を知れたことに満足して。
僕はぎゅっと銀さんに抱きついた。
見惚れた、その体に。








 
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