伽話

□一人の男と一刃の鎌の話
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〜鎌の思い出〜


隙間から薄明かりが差し込む早朝。

今日も彼は俺の元へとやって来る。

俺は彼の仕事先へと連れて行ってもらいながら

今日も1日頑張ろうな

と、決して届くことはない声を働き者の彼へと送る。

それが俺と彼の日常…。



ざくり、ざくりと俺は刈る。
彼と一緒に草を刈り入れる。

一息ついて汗を拭う彼を、俺はきらりと日の光に反射しながら見つめた。
それは働き者が流す、美しい汗だった。

頑張ろう。あともう一息だ。

その言葉が通じたかはわからないが
彼は再び作業を始める。

やがて草と土で汚れてしまった俺を連れて、彼は家に戻る。
ここからが俺の一番好きな時間だった。
水で濡らした布がとても心地良く。
彼に語りかけられると嬉しくなった。それはとても。

今日も1日お疲れ様。
いつも綺麗にしてくれて有り難う。

俺は聞こえるはずもない言葉を今日も返す。
さあ、明日も彼の為に頑張ろう。
今日と同じ平穏で幸せな日がずっと続けばいい…
どうにも持ち主の彼の言葉がうつってしまったようで…。


しかし
いつからだったろうか


俺の仕事はめっきり減ってしまった


彼は来ない…

一体どうしたと言うのだろう…

俺は彼が心配で心配でたまらなかった


ある日彼は憔悴しきった顔で俺の元へとやってくると
俺を手に取った…。

握り締めるその手は震えていた…

顔からは表情が消えていた

そして……


ざくり、ざくりと俺は刈った。
あの人と一緒に刈り入れた。


血に汚れた俺を持って、
彼はふらふらといつもの場所へと戻ると

俺をいつものように洗い、囁いた。

今まで
ありがとうな

そして俺を突き立てて
彼は彼の家族と同じように動かなくなった。


それはとても哀しい出来事で
俺が人間だったならば涙を流せたのだろう
もしくは涙も枯れるのだろうか

何度も彼の名を呼んだ
彼が腐り、膨らみ、朽ちていく様を見ながら呼び続けた

彼がすっかり骨になってしまった時

俺はある事に気付いた
大切な人を自分が刺してしまい失った事に
俺は哀しみと同時に
言い知れぬ快感を覚えていたのだ。

それは覚えてはいけない感情だったろう。
しかし血の味を覚えた時から
抗えない何かが俺の中に生まれ

…躊躇う彼に変わり
他でもない鎌の俺が
最後の一押しをしていたのだから…


持ち主の居ない鎌はやがて野鎌になるという…

この日生まれた野鎌の怪は

人の姿に化け、
新たに得たかいなでかつての持ち主のされこうべを愛おしげに撫でると

何度も接吻をした

そして己が大切な人間を刺してしまった事を思い出しては涙を零し

ぞくぞくと快感に震える身を自らで抱きしめ
目を細めた

次第に上がる息

大切な人を刺した

大切な人を自分が刺した

嗚呼 なんと甘美な瞬間だったのだろうと
野鎌の怪は更なる力で震える己を抱き締める

また味わいたい
あの味を
あの悲しみを

そして あの 絶頂感を … !!

野鎌はいつしか果てていた
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