霧の本

□黄色
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イエローと名を呼ばれた人物は、ふいに本を閉じると、シアンを見つめ、参った様子で苦笑いを浮かべる。
「その名で呼ぶのは止めて欲しいものですね…
どうせなら…お兄ちゃんって呼んで下さいよ」

「…」

朗らかに笑む青年を相手にせず、シアンは料理を置く

「おや♪今日も美味しそうな出来ですね。
流石はマゼンタさんです。
一度はお会いしてみたいなぁ」

「それは出来ないよ。
君は危険だから…ご主人様も会おうとしないほどに。」

「ずばっと言い切りますねぇ、
私程人間に近くて安全な個体も居ないというのに…傷ついてしまいますよ」

「…君は…最も人に近いから危険だとご主人様が」

シアンからの返事に、イエローは以外そうに目を見開く。

「そんな…私が?」
そして、未だに冷たい眼差しのままのシアンに気付くとやれやれ…と諦めたように語りだす。

「私はただ、複製体だからといって、こんな娯楽もない環境の中…その生涯を研究に捧げるのは何故なのか問いかけただけですよ…」
「それは…僕達が聞いてはいけない事だと思う。」
「そうでしょうか?」
「君の問いは、ご主人様の全てを否定しかねない…」
「では、シアンはご主人様の尊い生涯全てを犠牲にせよ、と?」
「…」

シアンからの返答が無くなると、イエローは少し意地悪そうにクスリと笑った。

「こんな所で、私達がこうして問答をしていても何にもなりませんね。
…しかし、仮に私の言葉がご主人様の言葉を乱すことで危険視をされてしまったならば…

完全な化け物である、“誰かさん”の扱いはどういった形なのでしょうね?」

「…」
イエローの悪意ある視線は、明らかににシアンへと向けられていた。
「それは酷い仕打ちなのではないでしょうか…可哀想なまでに」
しかし当の本人からの反応は…無い。
「あぁ、やはり何も感じないようですね…日々食事を運んで下さるあなたに、少しでも感情を…例えば怒りや悲しみを…得るお手伝いが出来たら…と思ったのですが。」

わざとらしく言い回し、そろそろ食事を頂こうかな、と呟くイエロー。
「…ご主人様が僕をよこしたのは…」
ぽつりとシアンは呟く。
「君の言葉に心を動かす事が無いからだ。
君の言葉は人の心を惑わす、

けど…僕には無駄な事だから…」

言い終えて、去るシアンを見送った後
イエローは彼を嘲笑った。
そして、吐き捨てるように呟いた。

「どいつもこいつも…つまらない奴等。
変化のない…退屈で窮屈な世界。

同じような行動を繰り返す村人も、
成果がいつ出るかわかりもしない研究を続けるご主人様も、なんてつまらないのでしょう…

私ならば、この舞台をもっと面白く出来るのに……今はまだ、その時ではないのがもどかしい限り…」

今はまだ

今はまだ…

無力ナ人間ソックリノ優等生ヲ演ジルマデ

  
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