霧の本

□黒と青
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「そもそもさ…
複製体ってだけの理由で俺がここまでする事無いんじゃねぇかな…」

いつしか実験体の一人に言われた言葉が独り言となっていた。

心が揺らがないよう、考えないように勤めていたのに…
これは相当に参ってるみたいだ。

考えるな考えるな…
それをやめたら俺の存在理由はどうなるんだよ…

くっそ…畜生何で俺が…いやダメだ考えちゃ…

頭を抱え、
俺は観測室を出るべきだと判断した。

殺風景な部屋とその窓に写る陰鬱とした風景…こんな所に長くいるからダメなんだ…そう自分をうまく騙そうとした…。
そんな時

「あの、ご主人様…」
幼い声が…俺にかけられた。



そこに居たのは観察対象の実験体の内の一人…シアンだった。

じっと無感情に俺を見上げる爬虫類のような瞳。
こればかりは一向に慣れずに、思わずぞっとしそうになるが…なんとか笑顔を作り、いつもの調子で話し掛けた。

「ん?どーした?」
問い掛けに、シアンは
「マゼンタから…
ご主人様の食事の嗜好について尋ねてくるようにと…言われまして…」

シアンの言葉はまだ、たどたどしい。
しかし冷たい印象は拭えていなかった。
「嗜好ねぇ…」

そこで俺は好きな食べ物を連想するでもなく…
今後、あまり些細な要件で声をかけないようにと…どう伝えるかを考えていた。
「んー…辛い系かねぇ。
とくにカレーとかすげー好き。

そういうシアンはどういうのが好きなん?」

そう聞いてから、俺はしまった…と思った。
案の定、目の前の実験体は俯いてしまう。
「僕は…味がわかりませんから…食に対してのこれといった嗜好を持ち合わせておりません。
…申し訳ありません」
…唐突に話を変えるが、爬虫類に近い魔物である彼等には味蕾という味を感じる器官がない。

そして、シアンは実験体の中でもとりわけ魔物に近い個体だった。
刷り込みが施されているとはいえ、
外部への危険性も考慮して処分する予定だったのだが…
双子の実験体からの懇願…それに

今後、こちらへの不信を避ける為にも

予定を変更したんだっけ…。

随分と前のことをしみじみと思い出していると、

これ以上ここに居ても邪魔になると判断したのかシアンは

「それでは、失礼します…」

と一礼し、部屋を出ていこうとする。

この来訪者との会話を終えれば、結果の出ない実験に苦悩する時間がまってるのか…

シアンの後ろ姿を見ながら

その時俺は恐ろしく異質な感情が沸き上がるのを感じた…。



 

  
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