太陽ノ教団

□かくれんぼ
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暖かな日の光が春の訪れを感じさせる昼下がり。

その村の教会にて神父を勤め始めたばかりの青年、ゴルドベルクは優しく差し込む日差しに青い目を細める。


神父といえど、この村人の少ない村での仕事は少なく、教会周りの枯れ葉を片付け終え、
次は何をしたものか…そう思案する彼の名を呼ぶ、幼い声がした。
「おぅい、ゴルドー!わぶっ」
声の主は若い神父を見つけるや否や走ってきたのか、彼の眼前で盛大に転ぶ。

「シェリー!?だ、大丈夫ですか!?」
青年は慌てて駆け寄り、その名を呼ぶ。シェリーと呼ばれた少女は恥ずかしさをごまかすように笑ってみせる。
「えへへ、転んじゃった…でも泣かないよ!えらい?」
「えぇ、シェリーは強い子ですね…ですがどうかお気をつけて」
頭を撫でられたあと少女は立ち上がる。
「大丈夫!気をつけて受け身をとったから傷はないよ!ダニエルのお母さん直伝なんだよー」
「まさかその年から受け身を極めるとは…」
まずは転ばないように気をつけて欲しいと思いながらも
少女に視線を合わせるよう、少し屈む。
「それで、今日はどうしました?」

少女の用事が苦手な動物関連でない事を心から祈りながら尋ねると、

少女はそこで思い出したかのように、朗らかな笑顔を浮かべ
「あのねゴルド、かくれんぼしようよ!!」と、彼を遊びに誘った。

「かくれんぼですか」
「うん、ダニエルをね、かくれんぼに誘ったらー
ゴルドが一緒なら遊ぶって言うから」

「おや、ダニエルがそんなことを…」
素直ではない少年の言葉にクスリと笑いが込み上げたそんな時

「二人かくれんぼなんてすぐ見つかって終わるだろ」
と、二人の元へ歩いてきた少年が呟いた。
まだ寒さの残る季節からか、口元を覆う暖かなマフラーを少し手でずらすと、
「そんな訳だからゴルドはかくれてもいいけど逃げるなよ!」と言うではないか。
「ダニエル襲いよー!何してたの?」
「誰かさんみたいに走るとこけるから歩いてきた」
「むー」
少女が両頬を膨らます最中、
「まぁまぁ二人とも…」と神父は二人をなだめる。
するとダニエルは「なんてのは嘘で…きょうはくのためにあるものを用意してたんだ」と、
隠しもっていたカエルを見せつけるものだから、青年神父は情けない悲鳴をあげる他なかった
「なぁゴルド…かくれんぼしないって言ったら…冬眠からさめたてのコイツがどこに飛ぶか…わかるよな?」
子供ながらに残酷な笑みを浮かべるダニエル。
その空気を読んでかシェリルまでも「わかるよなー?」と合わせる始末

「ひ、卑怯ですよ二人共!!私は脅しには屈し…ひぃ!!…わ…わかりましたから!!
少しだけですよ!?」『やったー!!!ゴルドがおに決定!!!』

「え!?あの…おに確定なんですか!?」

ものの見事にカエルに脅され
己の情けなさにうなだれながらも

「わかりました…では100数えますからその間に隠れて下さいね。誰かのお家みたいにご迷惑をかけてしまう所や危ない所へ隠れてはいけませんよ。」
『はーい!!(…なぁ、カエルおいとこうぜ)(うん!!いいね!!)』

元気な返事とおっかない内緒話を背に
ゴルドベルクは数を数え始めた

「1…2…3…」
数をかぞえながらゴルドベルクは考える。
自分を兄のように慕ってくれる二人組…
近頃は神父になったばかりということもあってか、二人とはあまり遊んでやれていなかった。

今回だって、きっと寂しかったのだろう。
そう思うと、申し訳なさを感じながらも
神父の道を選んだのもまた二人の、ひいては村の為と思った。
「…100
もういいですか?探しますからねー!」

つい無理に心がけていた丁寧語が抜けきらず
奇妙な確認の声となってしまったことに自ら苦笑し

彼は二人を探し始めた。
先程まで晴れやかだった空は曇り初め、雨でもふるのではないかと急いで二人を探すが見つからない。
まさか素直な二人が言いつけを破って誰かの家の中に隠れるはずもないし…

「…いや、自宅は例外と言うかもしれませんね。」

それでも雨宿りが出来るならいいかと思いながら、二人を探す。

「シェリル?ダニエル?どこですかー?」
向こうもこちらと遊ぶ時間を引き伸ばしたい思いで本気なのか、
単に自分が探すのが下手なのか…。
後者ではないだろうかとうなだれるも、 辺りが暗くなり始める頃には二人に何かがあったのでは、と気が気でならなくなった。
まさか何かあったのでは…!!
「ダニエル!?シェリル!?どこですか!?」
一度は探した場所も含め、恥も外聞もなく二人の名を叫び、呼ぶ。走る。

息切れしながら探し周り

そこで 彼は 気付く

辺りが暗くなったのではない。

自分の目が見えなくなっていたのだ。と。
その瞬間、両の目に強烈な痛みを感じた。
どこからか聞こえる悲鳴。
二人の子供の悲鳴。
無力な自分は何も出来ず、何も救えなかった。

「あの日」の音が…彼を包み込み…


「………ッ!!!!」
そこでゴルドベルク司教は寝台から身を起こす。
嫌な汗が頬を伝い、まだ呼吸が乱れる中、酷い傷の残る閉ざされた量の瞼に触れる。
痛みは、無い。

傍らにあった眼帯で瞳を隠すと、そこでようやく心拍数が落ち着きを取り戻した。
「また…あの夢ですか…」
寝台近くに置かれた睡眠薬の効果も虚しく
忘れる事も出来ない無慈悲な悪夢は彼から眠気を奪う。

午後からは某国の要人との会議もあると言うのに…
再び寝付けそうにはない事実を前に
彼は夜風にあたろうと寝室を後にした。
「…!!
司教様…」
丁度扉を開いた所で、身辺警護にあたらせていた黒衣の男、ルナールが声をかける。
「先程、悲鳴が…」
「あぁ、それですか。
何…ちょっと嫌な夢を見たのですよ。
嫌な夢を…ね。」

「夢…ですか。」

そのまま言葉を返す男に司教は夢だったらどんなに良いだろうかと思い
そして、あの日の出来事が揺るぎない事実だからこそ自分がここにある事を思い出す。
「遠い昔の嫌な…夢です。
さて、私は夜風にでもあたろうかと思います。」

「…かしこまりました。」

言葉少なく、男は付き従う。
高々窓辺に行くだけの事。

しかしどこであろうと、味方と同様に敵の多い司教を狙う者はいる。
故にどんな時でも気は抜けないのだ。

「いつも有難う御座います。」
「…いえ」


「おや、もう夜明けでしょうか。」
「…そのようですね」
受け答えをしながら、ルナールはいつにもまして司教が自分へと話しかけている事に気付く。

しかし…ダニエル…いや、ルナールは思う。

「我々の夜明けももうすぐ…もうすぐ訪れますよ…フフ…フフフフ…」

「…はい、司教様」


今日も、そして明日も、太陽は雲に隠れ、曇り空だろうと。

自分にとっての太陽は隠れてしまったままだろう…と。

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