伽話

□一人の男と一刃の鎌の話
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あるところに無愛想な男が住んでいた。
口数こそ少ないが、家族と農具をそれはそれは大事にする、要は不器用な性格の男だった。


男の朝は早い。
土を耕し、作物を育て、やがては収穫する。
男はとりわけ、刈り入れ時に使う鎌をそれはそれは大切にしていた。
「今日も1日…ありがとうな」
人前ではめったに口を開かない男は、唯一
相棒ともいえる鎌を磨いてやる時だけ饒舌になる。
水を含ませた布で土の汚れを拭い、
丹念に、丹念に刃を研ぐ。
男の思いが伝わってか、その鎌は実に良い働きをした。

そして、
働き終えた男を待つのは農具だけではない。

女房と二人の子供。
家族に囲まれ、決して裕福な暮らしではなくとも、満ち足りた毎日を男は過ごしていた。
男はいつだって最後に鎌へこう語りかける。
こんな幸せがずっと続けばいい。と…



しかしある時、
男の住む村に疫病が蔓延し男の家族が病に倒れてしまう。
薬には大金が必要だった。
貧しい男の家に、そのような金は無く
無愛想な男には、借りる宛ても無かった。

更には冷害によって不作だった食料もついに底をついてしまう。

病と飢えに苦しむ家族を前にした男は悩み、悩み、悩みぬいた挙げ句、鎌を手に取った…。



水を含ませた布で汚れを拭い、
丹念に、丹念に刃を研ぐ。
「今まで、ありがとうな」
男は最後にそう言うと、鎌を己の体に突き立て、息絶えた。

再び赤く染まってしまった鎌を手入れする者は、
もうどこにもいない……
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