捻れた本

□又の名は難訓とされる。
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これはねじれたお話。

あるところに巨大な闘技場を有する国があった。
かつては血で血を洗う凄惨な光景を繰り広げていたその闘技場も

ある程度の文明が進んだ現代では、比較的健全かつ安全な娯楽場と変わり果てた。

人々は日常に足りないほんの僅かな、それでいて確かな刺激を闘技場で補いながらこの国の歴史は続いていくのだろう。

そうなるはずだった。

…そう、招かれざる来訪者が来るまでは…。



「こらこら、お嬢ちゃん危ないよ。
どこから来たか知らないけれど、そっちは戦士さん達の入り口だからね。」

不運にも小さな挑戦者に気付いたのは、
闘技場の見張りの男。

しかし選手入場口に立つ
黒い髪の少女は男の言葉には耳も貸さず、振り向きもしない。

「あっ、もしかして選手のおじちゃんのファンなのかな?
うーん…もうすぐ来るから会ったら帰ろう?ね?」

男が少女を振り向かせようと肩に手を置こうとしたその時

男の体は何かに突き飛ばされたかの様に、壁へと叩きつけられた。
哀れにも、その腹には大きな風穴が。

「選手は訪れぬ」

少女は未だ振り返る事なく
この時初めて言葉を発した。
もしもこの時まだ男の意識があったとしたのならば、驚愕した事だろう。
その声は
まだ幼い少女が発するとは到底思えないものだったからだ。

「いや、いまや選手は我、か」

少女は己の掌を見つめる。
哀れにも、本来の選手は彼女のその手によって既に息絶えていた。

確かめるようにその手を握りなおし、少女は言う。
「さぁ、我が新たな仮初の肉体。その使い勝手は如何なものか…
試させて貰おう」

少女は不適にニィッと笑うと
眼前にそびえ立つ頑丈な鉄の扉を
いとも簡単に開け放った。

本来ならばありえる筈もない小さな選手の入場に、
会場が静まり返る。
それらを一瞥することもなく、少女はすぅと息を吸い、そして辺りを威圧させるかのような声色で告げる。

「腕に覚えのある者、
全員に次ぐ!!」

「全力で我と戦え。
総力を挙げて掛かって来い。」

辺り一体が振動する

「そしてぇ、
見事私を倒して見せろ!!

さもなくば…」

少女は真っ直ぐに観戦席にいた王を見抜いて見据え、言ったのだ。


この地に明日は無い。と


かつてない脅威に晒された王は
その挑戦者の容姿に躊躇する事なく命令を下した。




そして……





「足らぁぁぁぁぁぬ!!!!!!」

その言葉は
闘技場の中心にただ一人残った
少女の姿をした、化け物の言葉。

「足りぬ、足りぬ、足りぬ!!」

暴れ足らぬぅ!!

死して尚闘争を求め!

蘇った矢先で得た戦いが…

この腑抜け具合とは!!


化け物は実に勝手極まりない不満を口にしていた。


その時
「あーららぁ、派手にやりましたねぇお嬢ちゃん」
突如、炎が燃え上がり
炎の中から人の奇抜な衣装に身を包んだ人間の足が突き出される。
それは一瞬、地を踏み損ねバランスを崩したかと思われた後に跳躍し
地へと道化姿の男が降り立った。

「なんだぁ貴様は」

「やーだなぁ、人にものを聞く時は自分からデショ。ワッツヨアネーム?」
道化はおどけた調子で
マイクを向けるかのような仕草をしてみせる

「フン。猿如きに名乗る名等、無い」

「やだ何この子、チョー失礼!!
もういいデスヨ、勝手に名乗っちゃうんだからっ。ぼくちゃんの名前はアルレッキーノ。
アルちゃんって呼、ん、でv」
つれない態度にめげず
道化はウィンクをかますが……

「…で、火猿が何の用なのだ?」
返ってきたのは相変わらずの反応だった。

「ムキー!!火猿なんて一言も言ってなぁーい!!」

「では、虫けらが何のようだ。」

「あ、それなんかやです。昔知り合いにつけたあだ名と被るんで。

まぁ用って程でもないんだぁけどねー。
面白そうな音がしたから来ちゃった訳☆」

「ほう、音だと?」

少女が少し興味をもったかのように道化を見た。
その視線に道化は意味深に笑みを浮かべ
言ったのだ

「そ、

破滅の音♪

いいよアンタ、最高のバケモンだ。
ギンギンにバッキバキに興奮するぐらい最高のね!
アンタならこの世界をメッチャクチャに出来る。
そういうのを応援するのが大好きでさぁ…!!」

「応援?くだらん。
私は暴れられたらそれでいいのだ。
更なる猛者と試合りあえたらばそれでいい。
我はもう行くぞ、ここには"それ"がない」

「ふーん( ´_ゝ`)
でもさぁ、歩き回って探してちゃぁ時間かかるんじゃなーい?」

道化は大袈裟に首を傾げて尋ねる

「それがどうした」

「いやほら、ここ使おうよ。絶対楽に見つかるからさ、強いの!!

幸い人間もちらほら残ってるみたいだしねぇ?意外と優しいねぇ」

「我は弱者に用は無い。

…で、ここをどう使うと言うのだ?」

「これだから脳筋は…あ、いや、何でもないじょ!
要はさぁ、王様になって乗っ取っちまうんですよ、この国を!
残った人間共を動かして、至る所から強い奴を連れて来させんの。
それをお嬢ちゃんは待つだけ。歩き回るよか楽じゃない?」

「確かにな…」

「しかもこの国の問題が大きくなりゃなる程、イカした奴らが来るぜぇ。

ねえねえ最っ高のパーティーになるとは思わないかぁい?」

「なるほど…それは面白そうだ。
所で」

「ん?」

「お前、先程面白い術を使っていたな。」

ニヤリと笑う少女に道化は嫌な予感がした。

「え、あれ?あ、あぁあれ花火だから。ぼくちゃん弱いんでそこんとこ宜しくっ」

「御託はいい。試合おうではないか、アルレッキーノとやら」

「いやいやいや、今更名前読んでもらっても嬉しくなーい!
痛いのはイヤン!!
お断りします!!」

「遠慮はせん!!!」
「してよ遠慮ぐらい…うわ危な!!」
少女の拳は燃え盛る炎を突き抜けたが
そこに先程までの騒がしい道化の姿はもはや無かった。

「逃げたか……
どこまでも掴めん猿め。
だが、面白い
実に面白い!!!
この世界にはあのように面妖な技をもつ者も居るという事なのだ…冥府より蘇りし魂が滾る…滾るぞぉ!!!」


生き残った人間達の恐怖の眼差しを感じながら
少女は決意した

「更なる闘争の為、
しばらくは面倒な王座に座するとしよう。
いかなる猛者がこの地に訪れるか、楽しみで仕方がない。ククク…フハハハハハ!!」

そして
新たなる戦いに思いを馳せるのであった。



「いよっイカすー!!
怪力王女ちゃま誕生っ!!」
「ほう、まだいたか…
ならば…今度こそ!」

「あ、いや本当そういうの好きじゃないんで。

せっかく王様になったんだからお名前広めてあげようって思ったんですー僕ちゃん平和主義なのー。

ね、そんな訳だからさ。お名前教えて☆」


「……我が真名は勝者にのみ語る。」

「ケチぃなぁ」

「…だがそうだな、
徒名くらいなら構わん。」

「徒名!?なになに、筋肉マニアよし子とか?」

「難訓だ」
「へ?」

「かつて難訓と呼ばれていた事がある。
せいぜい広めてみる事だな」

「やだ何その尊大さ。
まー面白おかしくやらせて貰いますよっと」

そう言うと道化は再び炎と共に姿を消したのだった。

そして

その日から

この国では
血で血を洗う、
悪夢のような闘争の宴が繰り広げられるようになったのだ……





難訓=とうこつ
あの世で一騒ぎをおこして現代に現れちゃたとかそんなお話。

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