捻れた本

□千夜と一夜とランプと王
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遥か遠くの砂の彼方…

見渡す限りの砂丘が続く…
その果てには美しい王国が在り、
そこには一人の若き王がいた。

王は母の愛を知らず…。
愛とは何かを知らぬ…。
そんな王は予め決められていた許嫁を后として娶る事となる。

王は后を愛するつもりだった…それは深く、深く。
彼に足りない分も込めて…深く、深く。

そんなある日の事、

王は后を驚かそうと寝所に身を隠す。

そこで王が見たのは
召使い達と不貞を働く后の姿だった。
愛した妻の裏切りに、
王は悲しみに駆られ
宮殿を後にして砂漠をさ迷った。

すると今度は
砂漠にて、魔神にさらわれた娘が
さらった魔神に不貞を働いているではないか…

王は何も信じられなくなった…

そこで王は宮殿に戻ると后と件の召使い達の首をはねさせ、
以降、毎晩一人の処女と共に夜を明かしては
明け方には殺すようになった…。

そうすれば
その娘は永遠に王を裏切らないのだから……

素敵な話だろう?

さ、俺のお話はここまでさ。

どうだい?
怖くなってきたか?

何せその王は俺様の事だからな。

まぁ…そう堅くなるなよ
たった一晩の関係だからこそ楽しもうじゃないか。

天にも昇る気持ちって奴を味合わせてやるよ…

今夜も

明日も…な?」

暗い寝所に漂う香。
豪奢な絹が敷かれた寝床に軋む音が響き
一人の男が一人の女に折り重なる。
手と手が重なり
吐息が零れる。
王の長い髪と娘の長い髪は寝台の上で水流のように絡み合う…。
褐色の娘の胸に王が手を触れようとした時、
娘は静かに重なった手を解くと
その細い指先を王の唇へとあてた。

「幸い多き王様、素敵なお話のお礼と言っては何ですが…
どうか私にもお話をさせて下さいませ。
きっとあなた様を楽しませてみせましょう」

娘はそのふっくらとした唇に絶対の自身を浮かべ、優美に微笑んで見せた。
その何者も恐れぬ態度に王は感嘆し

「…いいだろう。聞かせてみせろ。」
と、娘の話を聞く事とした。

さして大した話では無いだろう。

余裕の笑みを浮かべて王は寝台に寝そべった。

しかし
王はみるみるうちに、
娘の語る物語に飲み込まれていった……

「あなた様が望むのであれば、このお話は翌日に……」
夜が明けたが、見事に娘は生き長らえた。


そして、幾度も
娘は類い希なる語りで王の心を掴み続け

幾つもの夜が過ぎていった…

・・・

「なぁ、続きは?
そこから先に何が起きるんだ?」
寝台にはまるで子供のように話をせがむ王の姿。
娘はすっかり、王の心を捉えて居た。

妻に相応しき知恵、
母に求めた温もり、

幾つもの夜を共に越え、次第に王は娘に心を開いていった

王は娘を信じたいと思った。

そして、その為にも己の犯した過ちを、二度と犯さぬという誓いを娘に立てようと思ったのだ。


その夜の娘の話は
人を閉じ込める不思議なランプの話であった。

話の終わりに娘は
王へと不思議なランプを向ける
「さて幸い多き王様、
此方にあるのは先程の話にも出た
世にも不思議な魔法のランプでございます。」

「へぇ、話の締め括りに実物を持ち出すとは粋な計らいじゃないか。」

「えぇ、記念すべき千夜一夜の夜ですので…」

「千夜一夜か…
何とも皮肉だな。
実は、俺は今からお前に誓う事があるんだ…が?」

かつて千と一の数だけ、女を殺し続けていたが…
俺はもう二度と
人は殺さないよ。

そう言うつもりであった王は唇に指を当てられ、止められた。

「お静かに。
今、あなた様の言葉と誓いは必要ありませぬ」

娘はランプの蓋を開ける
「例えどのような言葉で償おうとも、貴方は千の数を超える命を奪ったのです…
どうか、この魔法のランプに繋がれたままに、罪を償い下さいませ。」

「シエラ…それは一体…」
ランプは王をみるみるうちに吸い込み始める。

手を伸ばせども
引き寄せるのはランプのみ…

今になって王が気付いた娘への愛しさも
信頼も
全ては吸い寄せられてゆく…

同じように王を貶める為だけに呼ばれた娘もまた
芽生え始めた感情をランプへと手放した。


「今より貴方様はこのランプの精…
そこでどうか償って下さいませ。
貴方が奪った者達と
同じだけの数の愛を実らせて…」

すっかり王の姿が消えた時
娘は寂しげに微笑んで
ランプの蓋を閉めたのであった…。

今やその王国に王は居らず
国の娘達を救った王妃、シャハラザードが国を支え続けたのだという………

そして
かつての王、シャハリヤールは

最後に信頼した娘に裏切られ
失意に暮れながらも

ランプから解放されるが為に
報われぬ恋を叶える魔神となったのだった……
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