捻れた本

□不確定要素ノ出現
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この世界に彼が存在する確率は限り無く0に近かった。

彼はそんな“存在しない可能性”を破棄し続けた末に、ここに存在する事となる。

時空に裂け目が生まれ

空から傷付いた一羽の鳥が落ちてきた。

白い孔雀のようなそれは所々を朱に染めていた。
その体が大地に受け止められた時、白い孔雀は一人の青年の姿へと変じる。
青年はうっすらと目を開く。

一瞬、眼前に黒い影のようなものが居たような気がしたのだが…。

その認識をした瞬間、

彼に断片的な記憶が蘇った。

…大切な何かが居た。
女だ。まるで透き通る霊のような姿をしている…。
自分は彼女の為に何かをしようとしていた…

思い出すと同時にその記憶は砕けた。

…野望があった。
何を犠牲にしてでも叶えたい野望が存在した。
ある者達の妨害によって野望は費えた。


またある時は、人類を護るべく、異形のものと対峙していた。

新たな記憶の認識を終えると、その記憶も砕かれた。

溢れかえる洪水のように、記憶は蘇っては砕かれていく…

敗北、喪失、敗北、喪失、敗北……

膨大な量の記憶が蘇っては、失われていく。

それは何にも耐え難い苦痛となり、彼の体を炙る。
想像を絶する記憶の演算に彼は叫んだ。
それは彼がこの世界に誕生をした際の産声と呼ぶべきか。

彼は何者か?

彼は駒の一つだ。そう、かつては。

彼は使えるべき主の為、そして己の為に戦い。

敗北した。

そして彼は、消滅する筈だった。

しかしここで、何者かの意図を感じさせるかのようなバグが生じた。

ことごとく消滅の可能性を破棄し続けられ

彼の体は、ありとあらゆる次元を巡らされ

彼が存在しうるケースを想定した世界への出現と消滅を繰り返し

最後にこの、ねじ曲げられた世界へと出現する事となった。


あらゆる設定の附加と破棄。

ここに存在する彼は
幾度となく上書きされた記憶を完全に忘却した状況にある。

「………僕は

…僕は、
誰だ…?

僕の名は…
名前は…」

彼に残されていたのは
かつて与えられた名前。

「…シュヴァイン…
そうだ…
…それが僕の名だ。ひどい名だよ…フフ

………っ!!」

そして彼は立ち上がろうとして、再度認識する。
自らが満身創痍の状況で存在する事に。

彼の基となる人格は、
自信の体に傷がつく事を本能的に嫌悪した。
まぁ、それ以上の苦痛が体に襲いかかっているのだが…
「痛…痛い…痛い痛い痛い!!
…血が…血が止まらない!!」

白を染める朱。

溢れ出る赤。

どす黒く変色していく紅。

その色が
失われていた彼の記憶の断片を、蘇らせた。
消滅への恐怖を。


「…っあ"…」

彼は再び地に伏した。

バグにより消滅する運命こそ免れはしたものの、

この世界で体の再構築が不完全なままで新たな次元に出現した彼を待っている運命は死、のみ。
不確定な運命もここで途切れるだろう。

世界を基準にして言うのであれば
今後確実にトラブルメーカーとなるであろう彼がここに存在してすぐ、死滅する事は実に幸運な事だ。

荒廃した大地の中で
間もなくこの壊れた駒は完全に消滅するだろう。
しかし…

「…たくない…」

この駒の自我が
その運命を拒絶した。


死にたくない。
消えたくない。


こんな訳もわからない世界で


こんな醜い大地で!!

認めない…
認めないよ…

自分がまだ何者であるかも完全にわからないのに…

ここがどこであるかもわからないのに……

理由もわからないままに消えるなんて…

絶対に認めるものかッ!!


駒に設定された人格が、この結末に意義を唱え続けた。
浅ましくも生にすがりつき、生存するように設定された人格が
"この世界"ではプラスに働く事となった…

彼の周りに漆黒の影が現れ、体にまとわりついていく…

彼の強い執念は歪みを呼んだ。

傲慢、強欲、嫉妬…
それらが彼を

彼という存在を書き換えていく…!!


そして…

荒廃しきった大地の辺り一面を結晶が覆いつくしていった。


この世界を基準に言うのであれば
彼の生存と、新たな力の獲得は実に不幸な事である。
しかし…

「何なんだ、これは…僕が…
やった事なのか?」

ただ一つ、不幸中の幸いで在ることと言える事がある…

「…美しい。」


「なんて美しいんだ!!

素晴らしい…あぁ、素晴らしいよ!!
なんて美しい力なんだろう…!

…っ!」

彼は自らが作り出した結晶に映る自らを覗き込んだ。

「Σ…綺麗だ…!!
この美しい人は一体……
そうか…これが僕か…」

……そう、彼はちょっと…いや、かなり頭が残念な事になっていたのだ。


自らにうっとりと酔いしれる異次元からの介入者に
黒い闇は「うん、つきあいきれないや。」
にやにや笑いを残すこともなく消えていった……
そして
そこには
自分への愛を抱いた新たなイレギュラーが残されたのだった。

彼がこの世界を知り、
自らの能力を悪用するまで…
もう暫く、時間があるだろう。



end

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