霧の本

□黄色
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深い深い濃霧に包まれた城の厨房にて。
料理の支度を終えた女中はそこに訪れた人物に気付き微笑むと、声をかけた。

「あ、シアンさん。グッドタイミングです♪

たった今、支度が終わった所なんですよ。
ご主人様の所までお願いします。」
「…わかった。」

シアンは二人分の料理を乗せた配膳用の台車を押す。

その背に「あの…」と控え目ながらにマゼンタの声がかけられた。
「マゼンタ…折角の料理が冷めてしまう」
振り返るシアンの既に冷めきった瞳に見つめられ、思わずビクッとしながらマゼンタは言う。

「ご…ごめんなさい!…でも、あの…
シアンさんさえ良ければ、こちらで一緒に食事…しませんか?」
「…」

「シアンさん、ご主人様とも一緒にいただかず、どこかで一人ですませてるじゃないですか…

あの、味は無理でも見た目とか!…感想みたいなの聞かせてくれませんか…っ?」

「……」

相変わらずの冷たい眼差しにどこか緊張にも似た感覚を覚えながら、マゼンタは厨房での食事に誘う。
いつもどこで食べているかもわからないし、
見た目でもいいから感じたことを教えて貰えば、もしかしたら彼の感受性の向上に繋がるかも…!!と思っての事だった。
無論、一人での食事は寂しいのが一番の理由なのだが……

「見た目は…綺麗に盛り付けられてると思う。

これでいいかな、冷めない前に持っていかなきゃ」

あっさり断ると台車を押して行ってしまうシアンに
マゼンタはしょんぼりとしながら自分の分を皿にとる事にした。






「ご主人様、食事をお持ちしました。」
ノックの後、まるで機械のように感情を感じさせない響きで要件を告げれば
ゆっくりと機械仕掛けの扉が開かれ
「サンキュー、そこに置いといて」と軽い口調が返ってくる。

しかし声の主はその言葉遣いとは裏腹に、真剣に霧の研究に取り組んでいた。

この調子だと冷めてしまうだろうな。
シアンはそう思いながら、定位置に食事を配膳しておく。

「悪いな、
あとは…あいつの分も頼む。」

「かしこまりました」

命じられるままに、召使いは適度な場所へ台車をとめると

皿を手に地下へと続く階段を下っていった…

地下への長い階段の先、待っていたものは…薄暗い地下牢。

「…食事を持ってきたよ」
薄暗い牢の奥へ向かいシアンは声をかける。
その先には、どこか物憂げな琥珀色の瞳をした青年が
牢にいるにも関わらず、落ち着いた様子で本を読んでいた。視力が弱いのか、眼鏡をしている様子から、牢獄内でありながらも優遇された生活のようだ。
シアンの存在に気付いているのか、あえて無視をしているのか…
そのどちらにせよこちらへ意識を向けさせる為にシアンはその人物の名を呼んだ…。
「イエロー」と。
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