薄桜鬼

□ 護
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父様のお仕事の都合で
京に移り住み、
三月程経った頃の事・・・。








父様は幕府からの依頼で
新選組の人達と協力し、
ある“秘薬”を
研究しているらしい。

詳しいことは
教えてくれなかったが、
父様は毎日のように
新選組の屯所へ
通っていた。

新選組といえば
「人斬り集団」と呼ばれ、
ここ、京では不貞浪士と
同様に恐れられており、
そんな所に父様が
通っていると思うと
毎日、不安で不安で・・・

帰ってくるまでは
平気ではいられなかった。
















その日もいつものように
父様は
「屯所へ行ってくる」と、
出かけていった。

ただ、
いつもと違ったのは
夜が更けても
夜が明けても


父様は帰って来なかった。


なんの音沙汰もなく
そのまま
二日・・
三日・・
四日・・

ついに居ても立っても
いられなくなった私は、
あの日、父様が
向かったはずの
新選組の屯所に
出向いたのだが・・・



そこで聞いた話は
信じられないものだった。




父様と共に“秘薬”の
研究をしていた隊士が
屯所からその“秘薬”と
研究資料を全て持ち出して
脱走したというのだ。

そしてその“秘薬”は
とても危険で
服用すると人が人で
いられなくなって
しまうという。

隊士の脱走は御法度で
破れば切腹の重罪であり、
今回、父様はその隊士に
人質とされた
可能性が高い、と。


私は、
その事実を
聞かされている間、
膝の上へぽたぽたと
自分の涙が落ちるのを
見ていることしか
できなかった。


父様に何かあったら
私はどうしたらいいのか・・・

不安と恐怖で
押しつぶされそうだった。


一通り話が終わると、
新選組の局長と名乗る人が
何度も「すまなかった」と
詫びてくれた。

「人斬り集団」などと
呼ばれている新選組の
局長となれば
どれほどに恐ろしいのかと
思っていたが

温厚で、優しく、
まるで父様のような
温かさがあって・・・

「我々新選組が、
全力を挙げて、必ずや、
君のお父上を探し出そう」

その言葉に、
いくらか胸が軽くなった。


「どうか・・・どうか、
よろしくお願い致します!」

私は、
畳に額を付ける勢いで
頭を下げる。


「いや、頭をあげてくれ。
頭を下げねばならんのは
我々の方だ。
・・・して、雪村くん、」


「はい」


「トシと山南くんと
話し合ったんだが、あ、
トシは新選組の副長を
勤めてくれていて、
こちらの山南くんが・・・」

丁寧にわたしに
教えてくれていた
近藤さんだが、

トシ、と呼ばれたその人に
酷く苛ついた様子で

「おい、近藤さん!
もう夜も更けてんだ。
余計な事はいいから
用件だけとっとと
済ませてくれ」

と言われ、
近藤さんは困ったように
頭をかりかりかいた。

「うむ・・・、すまない、トシ。
だが、新選組の事を
何も知らないと
彼女も我々を信用できんと
思ってな。
京での新選組の評判も
聞き及んでいるだろう?


いや、しかしそうだな、
もう夜も更けている事だし
あまり遅くなっては
帰り道も危なかろうからな。

詳しいことは
また後日、私から話そう。

それでだな、雪村くん。
本題なんだが・・」


もしも、
父様が人質として
捕まっているのならば
私も狙われる危険が
あるという事と、
父様の外見が代わっても
私なら見分けが
つくという理由から
新選組が私を、
父様が見つかるまで
保護してくれると言う。


「女性一人で
生活していくのは
何かと不便だと思いますし」

穏やかな笑顔で
私を見ながら、
山南さんと呼ばれた人が
そう付け足す。

私のことを思って
言ってくれているようだが、
彼の笑顔からは
何故か冷たいものを感じた。


実際のところ
例の“秘薬”は
極秘事項であり、
それを知ってしまっている
私が、他人に話して
しまわないよう
見張るための保護・・
というよりは、
軟禁というのが
真の目的なのだろう。


だが、山南さんの
言うとおり、
この御時世、
女一人で生活していくのは
安易ではない。

それに、
新選組の側にいた方が
早くに父様の
情報が得られるかも
しれないという
思いから
私は、新選組に
保護してもらう事になった。




















それから、
私の新選組での生活が
始まった。

初めは
幹部の皆さんも
余所者の私を
あまり快く思ってなく、

私が長州の間者
ではないか疑っていたり、
余計な事を必要以上に
知らないようにと、
警戒していたようだが、


共に普段の家事をこなし、

父様の情報を
集めるために、
巡察に同行させて
もらったりと、

少しずつ、少しずつ。

深く関わりを持つようになり
日を重ねるごとに、
溝が埋まっていって

私はこの新選組が、
新選組の人たちが
いつの間にか
好きになっていた。













そして月日は流れ、
私が新選組で
暮らすようになって、半年。


ここでの生活にも慣れ、
新選組の幹部の皆さんと
ようやく打ち解ける事が
できた頃の事。








事件は起きた。








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