book企画

□10cmの誤解
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私が見たそれは、見てはいけないものだったに違いありません。






10cmの誤解







夜。



屯所での女中の仕事を終えて女中部屋に帰ろうと、いつも通る土方副長の部屋を過ぎようとしていた時でした。


土方副長の部屋の障子が開いていたのです。


副長らしからぬその障子の開き具合。


夜だということもあり、電気はつけていないのか部屋は真っ暗です。


蝋燭はつけているらしく橙色の光が薄く揺らいでいるのがわかります。


その部屋の一番端の障子が、普段から間者や盗み聞きに対しては切腹物だ、と言ってピシャリと閉めているのに、この夜に限ってわずか10cmばかり開いるのです。


私は気になりつつも、聞き耳を立てないよう注意を払いながら部屋を過ぎようと思いました。


まさか盗み聞きしたと思われて死んでしまうのはイヤでしたから、全ての神経をどこか遠くへ向けて副長の部屋を通り過ぎることに成功した時でした。


「・・・副長、なにっ・・・あっ」


「うるせぇ、大人しくしてろ」


副長の部屋を通り過ぎたところで、私は身を硬直させました。


何か今、聞いてはいけないような・・・。


いえ、副長に限ってはありえないでことです。


半月程前、隊内で“そういう関係”の隊士を見つけた時、鳥肌を立てて部屋に引きこもってしまいましたから。


“そういう関係”というのは、つまり、男性同士の恋愛を指します。


今の会話ですぐそういうことを思い浮かべてしまう私も私ですが、鬼の副長ともあろう方が自分の言動とは違った行為をしていると想像すると、私の気分が高揚していくのがわかりました。


「本当はできんだろ?」

「副長っ、俺そんなことっ…あぁっ」


二人の会話を聞いていると、副長が相手にしている方が誰かということがわかりました。


いつも何かと副長に怒られているけれど、誰よりも副長のことを慕っている方。


監察の山崎退さんでした。


私は10cmの隙間から聞き耳をたて・・・決して中にいる二人に気付かれないようにその場に腰を降ろしました。


後になって思えばなんと大胆な行動をしてしまったのかと思います。


すぐに立ち去ればよいのに、その時の私は興味や好奇が理性よりも勝ち、その始終を見たいと思っていたのです。


なんて破廉恥な私でしょう。


しかし夜であったこともあり、誰も私を止める者などいませんでした。


そうこうして息を押し殺していますと、中で何か変化が起こりました。


荒い息遣いが聞こえ始めたのです。


まさか、と私は思いました。


私は以前から、男性同士がどうやって、その・・・愛を育むのか、と疑問に思っていました。


10cmの隙間から覗こうとしましたがよく見えません。
私は唾を飲み込み、自分の人差し指を少し唾液で濡らし、目の大きさに合わせて障子に穴を開けました。


プツ・・・と小さな音を立てて障子に穴が開きます。


同時に、中で山崎さんの「あ・・・っ」という声が聞こえました。


私はドキドキしていました。


開いた穴から、かつてしたことがない程に息を押し殺して覗き込みました。


すると、副長の後ろ姿が見えました。


着物がはだけておられ、日ごろから鍛えてらっしゃる逞しい右肩が見えました。


それから白い脚が二本、副長の両脇から生えるように飛び出ていました。


私はそれを見て、あの白い二本の脚は山崎さんのものだと確信しました。


何故かというと、以前一緒に近くの川にて二人で水遊びをした時、山崎さんの露出した脚が女の私よりもスラリと長く綺麗だ、と悔しく思った記憶があるからです。


今見えている脚が、やはり悔しいくらいに綺麗だったのです。


二人は笑っているようでした。


顔は見えません。


障子の穴からは副長の背中と白い二本の脚。10cmの隙間からは声だけです。


笑いながら、次はこうだ、その次はこうだ、と土方さんが言っています。


その度に山崎さんの白い脚がピクピクと動きます。


副長が山崎さんの手を自分の背中に回させました。


回された手が副長の衣服をギュッと掴みます。


土方さんが今よりも更に上半身を前のめりにしました。


橙色に薄く染まる二人の妖艶な行為は私の心臓をドキドキとさせました。


見てはいけないものを見ている気がして、心が痛む・・・というのでしょうか。


いえ、何か違います。


どう言ってしまえば当てはまるのかわかりませんが、お二人の夜伽をこうして盗み見ている私は確実にいけない女です。


私は、これ以上はいけないと自分を抑制しました。


ここまで見ておいてなんですが、お二人が愛し合っていることはわかりましたし、
私の胸が段々と苦しくなってくることに耐え切れなくなったからです。


物音を立てないようにその場を立ち去りました。


女中部屋へ戻った時、私は今夜のことは心の内に留めておこうと誓いました。


ですから次の日、私は仲の良い山崎さんに赤い糸をプレゼントしました。


土方副長と少しでも幸せな日々を送れるようにと。


山崎さんは最初ちんぷんかんぷんな顔をしていましたが、次第に頬を染めて、顔をほころばせました。


その時の山崎さんの幸せそうな笑みが、とても傷つきました。


どうして私は傷ついてしまったのでしょうか。


その日以来、山崎さんは何かと御礼をしてくださいます。


遊園地に連れて行ってくれましたし、お花もプレゼントしてくださいましたし、句を詠んでもくださいました。


その句は、誰かを想う内容でした。


恐らく土方副長でしょう。


心の中で何度も「本当は少しでも副長と一緒にいたいのでは」と思いましたが、あの夜のことは私の心の内に留めておくと誓いましたし、山崎さんが何も言わない限り何も知られたくないのではと思いましたから、私は何もお伝えすることができません。


どうしていいのかわからないまま、あれこれと悩んでいるうちに時が過ぎました。


あれ以来、屯所内にある隙間を見る度にドキドキしてしまいます。


今でも私の胸は苦しいままですが、毎日山崎さんの幸せそうな顔を見ることができて幸せです。


お二人が・・・山崎さんが幸せになればいいなと、毎日お祈りしています。







2009.07.21
5万打&2周年記念作品

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