book御題

□05.手をつないで
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季節は春から夏の、7月。



高校生活最後の体育祭を明日に控えていた。



3年に進級してから、結構あっという間に毎日が過ぎていく。



受験、という単語が頭から離れねェ。



夏休み前の7月にある体育祭だって、俺たち3年の受験の為に早められた学校側の策。



夏休みは受験勉強一色、ってことか。



あと12時間で体育祭の開会式が始まる。



デジタルの腕時計が示す時刻は、20時ジャスト。



「電車が来るまで、あと30分もあらァ・・・」



弱々しく光る電球の下で、俺はベンチに腰掛けていた。



応援団長の志村弟は体育祭シーズンになってからやけに気合がはいっていた。



応援合戦で優勝するとかなんとか・・・。



正直鬱陶しい。



普段は山崎と同じく地味な野郎だってェのに、応援となりゃ形振りかまわねェ。



今日も最後の練習とかで、今の今まで教室で応援の練習をしていた。



実は今も練習はあってんだが、途中で抜け出してきたってわけでさァ。



小さく溜息をつく。



今は俺しかいない駅のホーム。



このベンチに座るといつも思い出す。



春に、ここで“あの子”と会話をしたことを。



あの時はホッカイロのお礼を言って、飴玉をあげた。



それだけなのに、またここで会えるんじゃないかと思っちまう。



ちょっと・・・気になってるだけ。



それ以外のことなんて微塵もねェ。



タオルをくれた奴が、ホッカイロをくれた奴が、どんな奴なのか、知りたいだけ。



一種の好奇心。



あいつは、あんなに重苦しい前髪なのに、笑うと・・・



「笑うとなんでィ・・・」



考えるのをやめて、鞄をむんずと掴み駅を出る。



駅からすぐ隣にあるコンビニに入って、電車が来るまでの間そこで時間を潰そうと思った。



雑誌コーナーでニャンプの立ち読み。



コンビニの店員は、暇そうに欠伸をしていた。



「・・・PLEACH面白ェな」



なんて独り言を呟く。



パラパラと頁を捲りながら、どうして外を見ようと思ったのかはわからねェけど、俺はふと、ニャンプから窓の外へ目を向けた。



「―――あ・・・え?」



窓ガラスの向こうを歩いて通り過ぎていくのは、男女のカップル。



それだけなら日常的に見る。



けど・・・。



「・・・」



ニャンプがバサっと足元に落ちた。



思考回路が、



全てのシナプスが、



全く活動を止めてしまったかのように



俺の体はピタリと動きを止めた。




目の前を歩いていくのは、




同じクラスの地味野郎、山崎退。



そしてその隣を歩くのは、


黒髪で、


重苦しい前髪の、


名前も知らないあの子―――。





・・・なんだ、あれ。



俺の目の前を通り過ぎていく、信じられねェ光景。



なんでィ山崎、お前、彼女いたのか。



いや、そんなことじゃねぇ・・・。



「・・・はっ・・・っ・・・」



胸が、痛ェ。


すげェ、


苦しい。




「・・・」





・・・いや、ちょっと、待て俺。



なに、俺。




なに・・・傷ついてんでさ。



俺の目の前を、俺のことなんて気付かないで通り過ぎていく二人。



山崎の隣で笑っている、名前もしらないあの子。




見たことねェ・・・



そんな、笑顔。



俺に向けてくれた笑顔の、その何十倍の、明るい笑顔。




夜に輝く、月のように綺麗な。




ギュッと目を瞑って天井を見上げてしゃがみこんだ。




ぐるぐると頭の中が回る。




なんで、俺。




そっか、




そうだ、



俺、





「・・・好きなんだ」




見たこともない彼女の笑顔が眩しい。



練習を終えたクラスの連中がコンビニにやってくるまで、



俺はそこにずっと蹲っていた。





05.手をつないで




名前も知らないあの子に、恋をしていた。


今更気付くなんて、もう、遅いのに。





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