book御題

□02.プレゼント
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なんの意味もねェ。

ただ返すだけ。

持ち主じゃなければ、「あぁ、そう」ってすぐ帰ればいい。

どこかの洋服屋の紙袋。

その中に、白いタオル。

一度ゴミ箱に捨てられたそれを洗って、干して、三回くらい繰り返した。

姉上から「このタオル、誰の?」と聞かれて、「土方の」と答えた。

普段は寝てる授業も、何故だか緊張して目が開きっぱなしだった。

「お前病気か?」と近藤さんに言われる程だ。

休み時間、昼休み、放課後、あらゆる時間に2年A組に行った。

行って、途中のC組あたりで引き返してくる。

それを繰り返して、一週間が経つ。

「・・・ダサすぎまさァ、俺」

ホームルームの終わった教室で、顔を埋めて情けない溜息をつく。

こんな経験、今までねェ・・・。

俺のファンとか言う奴ァ、いつもこんな感じなんかねィ。

いや、俺ァ別にあの女のファンとかじゃねェけど。

なんか疲れまさァ・・・。

あぁ・・・胸糞悪ィな。

「総悟、部活行くぞ」

鞄を肩に乗せて、土方さんは俺の腕を叩いた。

「土方さん、触んねェでくれやすか。汚ェ」

「テメェ殺すぞ」

「はいはいっ。ったく、乱暴なんですから土方さんは」

気だるい体を立ち上がらせる。

なんで俺ァ自由な時間割いて部活なんてやってんだ、ってずっと思ってたけど、部活こそ俺の最大の自由なんだろうなと最近思った。

どうして突然そう思うようになったのか、てんで見当はつかねェけど・・・。








「じゃーな総悟」

「へーい」

手を上げて、チャリに乗って行く土方さんを見送る。

無人の銀多摩駅。

高校が近くにあるってェのに、無人ってどうよ。

この問い掛けに誰も突っ込まない。

他の剣道部の奴等は、全員寮生だ。

「はぁ・・・」

溜息を付いてホームにあるベンチに腰を降ろす。

尻がひんやりと冷たい。

今は閑散としているが、明るい時間は人が多い場所だ。

電車が来るまで、まだ時間があった。

ウォークマンを取り出そうとポケットに手を突っ込んで、それじゃない硬い何かが手の中に入った。

かちこちに固まったホッカイロ。

捨てねェとって思いながら、ずっと入れっぱなしだった。

かつ、かつ、と小さな足音が近付いてきた。

「・・・あ」

肩までの髪、重苦しい前髪。

あの女だ。

名前も知らない、女。

俺に気付いていないのか、こっちを見ようとしねェ。

前で鞄を両手に持ってホームに立っている。

「おい」

呼びかけてみるが、なんの反応もない。

「おいって」

二度目で、彼女は俺を振り向いた。

きょろきょろと辺りを見回して「私、ですか?」と首をかしげた。

その仕草が、太陽が傾いたように綺麗で、思わず見とれた。

「あの?」

「え、あぁ、いや、なにも用はねェけど・・・」

不審そうに俺を見る。

俺馬鹿だろ、何やってんでさァ。

何も用がねェのに声かけたらそりゃ不審がるだろ。

「いや、あのさ、前、俺にホッカイロくれたの覚えてますかィ?」

「ホッカイロ・・・、あげたかな」

全然覚えてない、と彼女は言った。

なんだよ・・・全然覚えてねェって、俺だけかよ。

「いや、それはいいや。それじゃなくて、じゃあ、それより前に、タオル・・・くれやせんでしたか?」

「タオル?」

反対側に首を傾げ考え込む彼女。

これもダメか・・・と思った。

彼女はポン、と両手を叩いた。

「あぁ!あげた!真冬なのに、頭洗って、凍えてた男の子がいたから」

彼女は首を竦めて微笑んだ。

柔らかい、天使みてェな笑顔。

思ったより気さくな話し方。

やべェ・・・。

おい、何が"やべェ”んだ。

咄嗟に紙袋を差し出した。

「これ、ずっと返さなきゃって思ってたんでさァ」

「ずっと預かっててくれたの?」

「まぁ、そりゃ・・・」

ふっと気が付いて、俺はポケットに手を突っ込んで取り出した。

「お礼っちゃなんだけど、これあげまさァ」

小さな丸い飴玉。

赤く、ほんの少し甘い。

「くれるの?」

キョトンとしたけど、差し出すと彼女は嬉しそうに受け取った。

ドキン。

なんでィ、今のは。

信号の鳴る音が聞こえて、瞬く間に電車はホームに止まった。

俺の乗る電車じゃねェ。

「あ、私これに乗るの」

「あ・・・」

「飴、ありがとう」

太陽のように笑って、電車の中に姿を消した。

名前もわからねェ。

それよりも、俺の心臓は、どうかしちまったらしい。





02.プレゼント



けたたましく鳴り響く信号音のように狂っていた。






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