book御題

□01.おひさま
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「もっと声出せぇええ!!!!」

放課後。

副将の声が鳴り響くむさ苦しい部活を抜け出して、蛇口から流れ出る水で顔を濡らした。

小手は濡れないように、少し離れた石の上に置いてある。

それには汚ねェ字で“2年Z組 沖田総悟”と書かれてあった。

「冷て・・・」

それもそのはずだ。

今は真冬。

雪こそはまだ降っちゃいねェけど、それでも外の水道で顔を洗うと睫毛ごと凍ってしまいそうなくらいだった。

口から吐き出される息も凍えている。

「何やってんだ・・・俺」

もう一度、今度はもっと長く、頭を水で濡らした。

つむじに冷たい感触、そして頬に伝う。

歯がガチガチと震えた。

俺、何やってんでさァ。

随分頭を濡らした後、蛇口を捻り、水を止めた。

空を仰ぐ。

冬の空は、どんよりとしていた。

俺の心も、どんよりとしていた。

ふと、白いものが目の端に入った。

「雪・・・じゃない」

真っ白なタオルが、外しておいた小手の上に、綺麗に畳まれて置いてあった。

いつの間に・・・?

周囲を見渡しても、それらしい人物はいねェ。

誰だ、と不審に思いながら、そのタオルを手に取った。

ふわり、と太陽の匂いがした。

誰だろう。

タオルを両手で広げてみる。

文字が入っていた。

“2年A組”

「・・・」

A組なんて、行ったこともねェ。

Z組からかなり離れているそこに足を運んだことなんて、今までに一度もない。

どこの誰だ、と頭を捻ってみても何も心当たりなんてねェ。

「おい、なんだ?そのタオル、お前そんなん持ってたか?」

「土方さん。休憩入ったんですかィ?」

土方さんは持っていたスポーツドリンクを飲んでいる。

「これ、俺が顔洗ってたら、いつのまにか置いてあったんでさァ」

「あぁ?またお前のファンじゃねぇのか?」

「いや・・・」

たぶん違う。

直感的にそう思ったが、否定も肯定も出来なやしない。

自惚れだといわれてもしょうがねェが、ファンなら声を掛けてくるはず。

「そんなもん、タオルに惚れ薬か毒でも染み込ませてあるんじゃねぇのか。俺だったら毒だな」

「死ね土方」

ボディーブローを入れた。

しばらく悶絶した土方さんは「とにかく、そんなもん使うな。危ねぇ」と言って、そのタオルを傍にあったゴミ箱に乱暴に投げ入れた。

投げられたタオルを見つめると、不思議と罪悪感、てのものが俺の中に芽生えた。

「練習が始まるから行くぞ。」

「・・・へい」

けど、俺ァそれを自分の手元に戻すことなく、言われるがまま土方さんの後について練習に戻った。





それが、4ヶ月前の12月のこと。

満員電車に揺られながら、ウォークマンを首から提げて目を瞑る。

そうすると周囲の音ばかりか、何故だか直接耳に入ってくる音楽まで徐々に遠くなっていく。

ポケットの中で携帯電話が震えている。

制服のポケットに手を突っ込んで、携帯電話ではなく、ホッカイロを取り出し握った。

駅のホームで開けたばかりのそれは、まだヌルい。

いつものことだが、電車に乗っている朝の20分間はホッカイロは役に立たない。

もう春だというのに、今年の異常気象のせいで、寒かったり暖かかったりの繰り返しが続いていた。

「ヌルい」

そう呟いて仕舞うと、突然横から手が差し出された。

見ると、その手の上にはホッカイロが乗っていた。

「・・・」

俺にこのホッカイロを受け取れって言いたいのか?

黙って差し出すその人は、同じ高校の制服を着ていた。

肩までの黒髪に、眉の下で揃えられた重苦しい前髪。

俺より背が20cmばかり低い。

俺と同じ学年か。

胸に飾られた緑色の校章が示していた。

こんな奴知らねェな・・・。

「これ使って。私二つ持ってるから」

意外にもしっかりした声の持ち主に、「暗そう」というイメージが少し変わる。

「いらない?」

その女は差し出したホッカイロを仕舞う素振りを見せた。

「あ、いや。くれるんなら・・・」

そう言ってしまってから、俺は何を言ってるんだと自問した。

まだ震えている携帯電話。

同じ高校で同じ学年だからといって、名前も知らない奴に、しかも突然ホッカイロを差し出してくる奴に俺は何を言ってるんだ。

「いいんですかィ?」

それでも俺の口からは思ってもみない言葉が出てくる。

「うん。二つ持ってるって言ったでしょ。だから、いいの。使って。ね?」

俺は息を飲んだ。

しつこく鳴っていた携帯電話が、急にピタリとやんだ。

電車がゆっくりと止まり、俺たちの前にあるドアがゆっくりと開く。

押されるようにホームに下りると、クラスメイトの土方さんが後ろから肩を叩いてきた。

流れる人ごみの中に、彼女の姿はなかった。

「よお、電話したんだぜ、気づいたか?珍しいな、お前が俺の電話に出ずちゃんとこの駅に降りるなんて」

名前も知らないあの子。

ありがとう、なんて言葉はでなかった。

“ね?”と笑う彼女の顔は、電車の中に差し込んでくる光りで、まるでお日様のように輝いていたから・・・。

「・・・・タオル」

「は?」

重苦しい前髪から一瞬見えた綺麗な瞳が、俺の中の何かを呼び覚まそうとする。

太陽のように笑う彼女に、あの時ゴミ箱に捨てられたはずの白いタオルを渡したとき、彼女はどんな顔をするだろう。





01.おひさま



おひさまのように笑う、

その笑顔がもっと見たい。




 

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