哀歌

□傷が癒えるその日まで
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「…雅遠様。まだいらしたんですか?」

「あぁ…。保名か…」

 振り返った公達は、左大臣家の第一子にして自身と乳兄弟である源雅遠。行動などは多少粗雑な面があるが、つきあってみると中々の好青年であるということは、公達たちの間では当たり前に知られている。

「………姫君に三日以上会えないのがそんなに嫌ですか」

「…悪いか。俺だって気長な方じゃないんだ」

 不貞腐れたような顔をして、そう言い募る彼が、女子には疎かったのにいつの間にか想い合うひとが出来たのを知ったのはつい最近である。

 まだ名こそ明かして貰っていないようだが、彼の姫君のことを、桜の下で出合ったことから『桜姫』という愛称で呼ぶ。

 最初は保名も、彼が可愛いと褒めちぎるその姫君を、よく思っていなかった。………だが、彼女がその身に受けた呪いの正体を知って以来、その気持ちは萎えたのも事実である。

 麗しきその姫君は、半分血のつながった妹の母の呪いを受け、皇女の血筋にも関わらず、彼の妹と自身の立場を入れ替えられ、とある事情から本邸からも追い出され、少ない家人たちと高貴な身分であるというのに貧しい生活を送らねばならないという不憫な生活を送っている。

「………今日もいい天気ですねー…」

「……宮は今日も来るとか言っていたな…」

 ―――――たまには、花を愛でずに私達と会話してくれなければ。…いつか、誘われなくなってしまうよ。

 友人である敦時に、「たまにはつきあってもらわないと寂しい」と言われてしまい、なんとなく今まで放っておいたツケだろうかと考える雅遠の横顔を見ながら、保名は再び思い耽った。

 盗賊に刃を向けられ、背に一筋の太刀を受けた乳兄弟の心情など考える由もなく、赴いたその足で打ち明けてしまった真実は酷く彼女を傷つけたであろう。…未だにあの時の悲鳴を思い出すとつきりと痛む胸に保名はただ言い聞かせる。―――――これは、罰だ、と。
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