院帝の書

□しょうがないな
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ある日の午後、花梨からの呼び出しも仕事もなかった勝真は河川敷をフラフラと歩いていた。
河川敷では子供が遊んでいる。
「ねぇねぇ、おじちゃん、草笛の吹き方知ってる?」
小さな子供が保護者にでも話しかけてるのかな…。
そう言えば、しばらく草笛吹いてないっけ…。
などと思っていると、予想に反した声が聞こえてきた。
「すまない…私は草笛は吹けないのだ…」

ん?

凄い勢いで振り返ると、そこには少し困ったように佇む頼忠が居た。
「頼忠!?」
「あ…勝真…」
そこにいたのは紛れもなく、"一応"恋人で不器用な頼忠であった。
「なんでお前が…ってか"おじちゃん"!?」
「え?違うの?」
確かに小さい子供からしたら26歳なんて"おじちゃん"と呼ばれてもしかたない年齢かもしれない。
だが、勝真は笑わずには居られず、その場で腹を抱えて笑い出してしまった。
「かっ勝真…」
「だって…おじっおじちゃんって…」
笑いの止む気配がない勝真を頼忠は困ったような顔で見ていた。
「そのように笑う事もないだろう…この子供くらいの者にはいつも言われている」
「だが、そんな風に言われてるのを見たのは初めてでな…」
少し余韻で嗚咽を繰り替えながら言うと頼忠の服をさきほどの子供が何度か引っ張った。
「おじちゃん、お兄ちゃんと知り合いなの?」
「そうだな…大切な友だ…」
頼忠が誇らしそうに微笑むと、子供はそうなんだ!と声を上げた。
それを見てやっと勝真の笑いが止まる。
「どうしたんだ?お前、草笛が吹けないのか?」
と勝真が子供目線で話しかけると、子供はモジモジしながらこう言った。
「うん…出来なくて、みんなに馬鹿にされたんだ…」
「そっか、だったら俺が教えてやるぜ?」
と勝真が得意げに微笑むと、子供は跳ねるように喜んだ。
「ホント!?」
「おう!」
「それなら勝真、私にも草笛の吹き方を教えてくれないか?」
「え?」
頼忠のいきなりの申し出に、勝真はビックリしたが、おう!と微笑んで三人で草を選び始めた。
「こんな感じの葉を選んで…」
「うんうん…」
「こんな感じで…」
と勝真が吹くと、綺麗な音が響いた。
「俺も!」
と言って吹いてみるが、掠れた音しか出ない。
「唇は真ん中の辺りだけ開けるんだ」
「うん!」
勝真の助言を聞いて、もう一度吹いてみると

ぴーーーっ!

澄んだ綺麗な音が再び響いた。
「ホントだ!ありがとうお兄ちゃん!」
子供は頼忠の事など忘れ、喜びながら、草笛を吹きながら、夕闇の中を帰っていった。
「おう!またな!」
と手を振って振り返ると、そこにはまだ悪戦苦闘している頼忠が居た。
「お前…まだ無理なのか?」
「あぁ…なかなか吹けないものなのだな…」
と何度も挑戦してみるものの、掠れた音しか出す事が出来ない。
「もう良いだろ…俺はそっちの方が嬉しいし…」
「は…?」
「いつも俺は…特に怨霊退治の戦闘力に関しては俺よりお前の方が勝っていた…だが、そんなお前だからこそ、違う所で俺に勝てなくたって良いじゃないか」
な?と言う勝真に頼忠は少し困ったような笑みを浮かべた。
「そうだな…たまにはそういうのも悪くはない」
と勝真の頭をくしゃくしゃと撫でた。
猫のように柔らかい癖毛が指に絡むが、それがまた心地よい。
「今夜、俺の家に来るか?」
「いいのか?」
「お前が嫌なら来なくても良いぜ?…この世の中、通い婚が当たり前なんだ、お前が来るのが当たり前だと思うがな」
「そうか、ならば今宵、伺うとしよう」
頼忠はそう言って、勝真の唇に少しだけ唇を触れさせた。
「私が行くまで大人しくしているのだからな」
再び勝真の頭を頼忠はくしゃくしゃと撫でた。
そのまま手を離すと、去っていってしまった。
ふっと掌を見ると、くしゃくしゃになった葉が収まっていた。
握ってしまっていたのだろう。
「今日は、アイツの為に草笛でも吹いて待っててやるか…」
勝真はそう独り言を呟いて家路についた。

The end
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