niji
□散りゆく花は美しく
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「彼女はね、私にとても奇妙な言葉を残していきましたよ。」
普段は口数の少ない――それが実兄と唯一の共通点ともとれそうな重衡が、つらつらと話す様子は、今だ彼が魔術にかかっているかの様だ。
「それは、まるで、平家が滅び去っていくような言葉でした。」
――――『滅びる』。
その言葉に、瞬間、経正は冷水を浴びたが如く、体に震えを感じた。
「・・・・嫌な御告げですね。」
―――『滅びる』。
――――栄華を極めた者の最大の恐怖。
「ええ。ですが、仕方ありません。咲くモノは、いつか必ず、散りいくモノになるのです。」
そっと重衡は桜の幹に手を触れた。
「この桜のように・・・」
それは、真実であって、寂しすぎる現実だ。
経正は躊躇う様に口元に手を置く。
「その姫君はそれを告げる為に、重衡殿の前に現れたのでしょうか・・・」
「さぁ・・・。それは、私にも解りません。」
目を伏せて、寂しげな微笑を重衡はした。
「でも、私は、それでも良いのですよ。」
「何故ですか?!」
言葉が信じられなくて、声を荒げてしまう。しかし、その事に気を悪くする様子はなく、重衡は続けた。
「それが運命ならば、私はそれに従うまでです。従うしかないのですから。ですが、そんな事は怖くはないのです。ただ私が恐れているのは、独り淋しく、誰にも知られず、山奥の花弁の様に散っていくことです。」
今まで、おぼろげだった瞳が、彼の存在が、一気に現実に引き戻された。
「でも、それを考える事は、もうしなくて済みそうです」
しかし、一旦引き戻された心は、波が引く様に、また遠い沖の方へ攫われてしまう。
「彼女が平家の滅亡を知っているという事は、きっと、私達の散りいく姿も知っている、という事なのでしょう・・・。私達は、山奥の花弁ではなく、この、平家の皆に散りながらも美しいと称された、この桜の様に散っていけるのです。」
それこそが至上の幸福と言わんばかりに、彼はまた、十六夜の月を見つめた。多分、その先にある、過去と未来を見つめているのだ。
「あぁ・・・でも、ただ一度で良いから、十六夜の君にお逢いしたいものです。・・それが叶うのは一体いつなのでしょうか・・・。私が散る時なのでしょうか・・・。いえ、そもそも叶う時など、来るのだろうか・・・。」
その姿は美しく、儚く―――・・・。
それはまさに、散りいく前の物言わぬ花。