niji

□盈盈一水
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兄上――否、鎌倉殿に捕まってから、数日が経った。
暗い洞窟の中で、俺はただただ、自分の無実が――自分の忠誠が認められる事をずっと待ち続けている。
きっと昔の俺だったら、狂ったように叫んでいたかもしれない。
でも待ち続けられるのは、アイツが・・望美が約束してくれたからだ。俺を解放してくれると。


昨日、望美が俺の所へ来た。
此処から出るまで誰にも会えないと思っていたのだが、あいつだけは許しが出たらしい。春の神泉園で、『こいつは俺の婚約者なんです。』と言った為だ。
慣れない嘘もついてみるものだ。
いや、嘘で・・・嘘にはしたくないな・・。
昨日の別れの時
俺は
アイツの手を
離したくなかった。

離せなかった。

アイツが俺の疑いを晴らしてくれる為には、一刻も早く此処から出て鎌倉殿に申し立てをしなければならないのに。俺が出るには――もう一度空の下で、アイツと、仲間と会うには、あの手を離さなければならなかったのに。
まるで、もう二度と触れられない様な気がして。
二度と声が聞こえなくなる様な気がして。

会えない―――気がして。

アイツを信じていないわけではないのに。
信頼など、とうの昔に十分しているというのに。
理由など、すぐに解った。
鎌倉殿の非情さは、一番近く―――否、そう感じていたのは俺だけかもしれないが――にいた俺はよく知っている。
そして、アイツへの恋慕の情が、手を離し難く思わせたのだ。
俺は、あの手を離した時、気づいた。
淋しい――と。
離した後の焦燥感、空虚さ。
激しい、愛しさ。
もしも、もしもあの手に触れられなくなってしまったらと思う、苦しさ。
――怖かった―――怖い、のだ。
愛しいものに会えなくなる事を。

だからこそ望美の手に触れている時、俺は考えてはいけない事を考えてしまったのだ。
離れずに、ずっとあのまま居て欲しいと。
たとえそのまま俺が殺されたとしても、アイツが傍に居るならば、俺は死など恐れない。アイツの夢を永遠に見られるならば、最期に見るのがアイツならば、ずっと幸せでいられると。
とても、残酷な事を思ったのだ。
アイツの気持ちなど、関係なしに。

俺はずっと源氏の大将だからと言って、皆を平等に見ようと思っていた。
だから今まで――最期まで――お前への気持ちに気づかなかった。気づこうとしなかった。


愛している。

今はただ、お前にその事を伝えたい。

今はただ、お前に会いたい。










その後、源九郎義経の死刑は施行される事になる。




○END○



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