niji

□音・ファンタジア〜旅の途中で〜
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目が覚めた瞬間、ダイキリは硬直した。
予期したはずの木造の天井は迫ってこなく、寧ろ考えてもいなかったものが目の前にあったからだ。霞がかった思考も一瞬だけ明確になる。


「………ラ、…ラーラ…?」


眉間に皺を寄せ怪訝そうな表情で、目の前にある―――少女の名前を呼んだ。声は枯草のようだ。名前を呼ばれると心配そうに両眉を下げていた顔が柔和な笑みを見せた。


「おはよう、ダイキリ。」

「…はよ。」


どうにもこの状況を理解することができず、ダイキリは未だ不思議そうにしつつも声を返した。ラーラが視界から消える。


「もう、びっくりしたよ。朝起きたらダイキリ起きてこないし、部屋来たら顔真っ赤で苦しそうにベッドで寝てるし。」


声だけで表情は見えないが、ラーラの言葉はどこかおどけた表情だ。しかし、ダイキリにはしっかりと届いている。

隠しきれない不安げな声音が。苛立ちが。

心配をさせたらしい。

確かに、朝食に降りてくるはずの人間がいつまで経っても来る気配をみせず、あまつ見に来たら死にかけのようになっていたらそれは驚く。

さすがに悪いことをしたと思い、ダイキリは口を開くが、なんとなく再び閉じてしまった。
苦しそうな表情は、今は違う意味で苦虫を潰したようなものになっている。

ダイキリ自身も体の異変に気づいたのは明け方に目を覚ました時であったし、その時には既に体は動かなかった。

仕方がなかったのだ。

動けたとしても、皆寝ている時間である。無下に起こすことは躊躇われるし、それに少女の部屋に助けを呼びに行くのも―――なんだか恥ずかしい。

ならば、同性のアルトでも叩き起せば良かったのかもしれないが、それはそれで癪だ。


(―――つまり、“性分”なんだよな。)


目を閉じて、はぁ、と自分自身にため息をつく。

水が撥ねる音がした。次に、額に冷えた感触が落ちた。驚いて、瞼を上げる。
ラーラが水で冷やしたタオルを置いてくれたのだ。


「体調悪いなら悪いって、ちゃんと言ってくれれば良かったのに。」

「わりぃ…」


開いた瞳で見たものは、ダイキリのことを本気で心配しているラーラの顔だ。さすがに、それには自尊心よりも良心が疼き、咄嗟に視線を逸らして謝罪の言葉を口にしていた。

直後、錆びた金属と金属が擦れて起こる不愉快な音が聞こえた。


「ダイキリ、どう?」


低くはないが、落ち着いた少年の声。アルトだ。ラーラに問いかけている。
「今、起きたよ。」と言って、ラーラがベッドから離れたかと思うと、彼女と瓜二つと言って良いほどそっくりな造作の顔がダイキリを見つめた。やはり、そこにもラーラと同じ表情が見えていた。


「なんか食えそう?」


声を出すのも辛くて、弱弱しく頭を左右に振る。
とてもじゃないが、今は何も口にしたくなかった。


「そっか。じゃあ、本当はいけないんだけど…薬だけ一応飲んどいてよ。」


そういうと、アルトはすっと何かをダイキリの前に出した。
ものすごい異臭にダイキリは眉をしかめる。


「……なに、それ。」


ダイキリの気持ちを、ラーラが代わりに言ってくれた。


「え?俺お手製の薬だけど。」


薬―――と呼ばれたそれは、白いマグカップの中に入っていて横になっているダイキリからはその姿は見えないが、ラーラの青ざめた様子を見たかぎり、ただならぬものであることは容易に想像がついた。

アルトの手がダイキリの背中に滑り込み、上半身をゆっくり起こす。渡されたコップの中身を見れば、やはりどうにも形容しがたい液体がそこにはあった。


(―――これを…飲めと…?)


視線だけでアルトに訴える。
それは彼らしくなく、さながら猛獣に襲われかけた子犬を連想させる。
しかし、その訴えを訴えられた本人は、全く気付かずにダイキリを見ている。


「見た目と味はちょっとヤバいけど、すっごく効くんだって!!俺も高熱出た時飲まされたんだけど、ほんと効くから!!」


まるでテレビ通販の売り手よろしく力説され、真剣な眼差しで勧められ、病人であることもあってダイキリは気圧されてしまった。

それに、自分の体を心配してのことだ。拒否するのはやはり気が引ける。―――どんなに、味が想像できない不可解な液体であっても。

『良薬口に苦し』ということわざを、頭の中で何度も反芻し、ダイキリは意を決してその液体を口に放り込んだ。


「――――っ?!!」


声にならない。
一瞬、ダイキリは何が起こったのか理解できなかった。

苦いとか辛いとか甘いとか酸っぱいとかで表せるような、けれど全て混ざってしまっていてそんな言葉では表せないような味が口内を蹂躙する。咄嗟に吐き出そうとしたのを、アルトが水を無理やり流し込んで制した。


「っヴ……」


喉から胃にかけて不快さが張り付いている。
そのままダイキリはベッドに横になった。涙目になりつつアルトを睨むが、弱弱しいために気付かれない。


「ちょっと、アルト。本当に平気なの?なんか…さっきより悪くなってない…?」

「だから、大丈夫だって。本当に効くんだからさ。」


そんな2人のやり取りを聞きながら不快さに蹲っていると、そのうち薬が効いたのか強烈な眠気が襲ってきて、ダイキリは目を閉じた。


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