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□忘れ物
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大学卒業と同時に家を出る為、引越しの準備をしていたら、クレヨンが出てきた。
12色あるクレヨン。
それは俺にしてはおかしなくらい綺麗に保存されていて、一度も使った事がないのか、12色全部が同じ長さ、形のまま箱の中に入っていた。
ここまで大事にするなんておかしい。
誰からか貰ったものだろうか?
名前が書いてあるかと思い、箱の後ろを見たりしてみるが、何も書いていない。
自分で買ったのか?
しかし、今まで自分で買った物で一度も使わず、あまつここまで綺麗に保存するなど、情けないが俺はそんな事をする人間ではない。
親に買ってもらった物も、友達に貰ったものも、使うだけ乱暴に使い、そしてあっさり捨てた。たまにそれで友達に、「冷淡」などと言われた事もしばしばある。まぁ、自分でもちょっと悪いかな、という考えはあるのだけど。そう簡単に性格は変わるものじゃないし。
そんな俺が、ここまで大事に保存したクレヨン。
誰からの貰い物だ?
クレヨンをくれた人間を思い出そうと葛藤していると、不意に電話のベルがなった。
それに出ると小学校時代の級友が、同窓会を今日の夜するから来い、とあの頃と変わらない態度で言ってきた。
俺は生返事をして切り、一旦クレヨンの事を忘れて準備を再開した。
ちょうど引越しの準備が終る頃になると、同窓会の時間に近づいた事が解って、急いで支度して会場に向かった。誰が主催者かは知らないがご立派な高級ホテルで、小学校2年生の時の同窓会が始まった。
「よう!友則!」
「うっわ、嘘、あの友則〜?!」
「全然面影ねぇ〜!!」
などなど・・・。
まるで前とは変わっていない級友達が、時間の流れを懐かしんでいる事が台詞からよく解る。俺も懐かしさに心躍って、美味しい食べ物を食べながら、昔の話や、現在の話をしては笑い合う。
しかし不意に、一人でワインを飲んでいる奴がいるのに気づいた。
俺は気になって、盛り上がっている級友達の中から抜け出し、そいつの近くに寄った。
何の前振りもなく声を掛けると、一瞬ビクンッと肩が揺れたのがわかった。
ゆっくりとそいつが振り向くと、俺は目を奪われた。
こんな奴いたっけ?
色素の薄い髪と瞳、白い肌。端整だが、少しもきつさを持っていない優しい顔立ち。
「・・・友・・則君?」
名前を呼ばれ「ああ。」と答える。
その瞬間、にっこりと満開の笑顔を見せられ、俺は思い出した。
そうだ、彼から貰ったんだ。
彼はいつも自信がなさそうに下を向いていて、クラスでも居るのか居ないのかよく解らなかった。
てっきり、感情のない人間だと思っていた。
人の輪に入ってこないし、皆が盛り上がっていても、彼だけずっと下を向いていて表情が解らなかったから。
けれど、たまたま俺が彼の隣の席になったとき、初めて気がついた。
彼は感情のあるちゃんとした人間なのだと。
皆が笑っている時、彼もちゃんと笑っていた。はにかむ様な笑顔を見せていたのだ。
下を向いていたのは、感情を上手く表現できないせいだと、幼いながらそれを俺は感じ取った。そしたら、何だか仲良くなりたいと思った。
俺は必死になって声をかけ、いつも彼の傍に居て、笑い合った。
はにかむ様な笑顔が俺は好きだった。
感情をあまり外に出せないこいつの一番解ってやれる感情だったし、見ているとこっちまで幸せになる様な気分がした。
でも、こいつは3学期になって転校する事になった。
理由は親の転勤だったような気がする。
その時、こいつがくれたのだ。
あの12色のクレヨンを。
だから大切に持っていたんだ、俺は。
大切なこいつから貰ったから。
呆然と立っている俺を見て、こいつは今、オロオロと目を泳がせている。
俺は思いついたように、それでいて随分前に言いたかったのかもしれない言葉を精一杯の笑顔で言った。
『お帰り』
『・・・ただいま』
はにかむ様な笑顔が、俺の元へ返ってきた。
END