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□夢幻×無限
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プロローグ













「好きだ。」とは、言った事はなかった。


そもそもそういう風に考えたことがなかったから。

隣の家で、幼い時から顔なじみ。
小・中と同じ学校で、行きも帰り
も一緒。遊ぶ時も、悪戯する時も、何をする時も一緒だった。同じ顔の弟と同じように、むしろそれよりも考えていることがお互い解っているような気がした。
だから、余計に。

『大切』だなんて思いもしなかった。




「今になって、気づくなんてなぁ。」



一人部屋の端に置かれているベッドの上で寝転がりながら、裕也は一人ごちた。

目の前にある部屋の照明をぼんやりと見つめる。
しん、と静まり返った部屋では、壁にかかっている丸い時計から聞こえる針の音がうるさい。時間がこくこくと刻まれていくのがわかる。それがやけに耳について、その音を消すかのように、はぁ、と大きくため息をついた。

それでも纏わりつくような嫌な感じは払拭できずに、大きく寝返りを打つ。足を胸に近づけて、少し丸くなる。布団に皺が寄った。

「離れ離れって…いつの時代だよ。」

弱弱しくため息と共に言葉を吐き、長さはないが量はある睫毛を伏せる。






中学最後の夏休みだった。
自分が誘った。
興味本位だった。
悪戯に手を添えて、唇に唇を重ねてみた。
暖かい吐息が聞こえて、深く口付けた。
お互いの唾液が混じり、溢れ出す。
閉じた瞳を開けてみれば、目の前にも同じ情欲を宿す瞳が映る。

あとはもう、本能のままだ。

相手が同性で、幼馴染で、同級生で。
そんなことはすぐに消えた。


「なぁ、挿れていいか…?」
「え、…俺が挿れられるの?」

汗で湿った体で裕也は圧し掛かられた。男の表情には少し余裕がない。
たしかに男の方が経験が多いことは知っていたが、だからといってすんなりと受け入れられる話ではなかった。
相手の顎あたりを手の平で触れ、離れさせる。

「やだって。俺だって挿れたい。」

率直に言うと、男は眉間に皺をこれでもかというほど寄せて、思い切り不満な顔をした。

「嫌だ。」
「俺だって。」

じっとお互いを睨むように――実際睨んでいたのだが――見つめ、結局最後まで譲りはしなかった。
それでも、お互い離れようとはしなかった。



そうやって、夏は過ぎていった。








二学期に入り、周りも高校受験への意気込みが変わってきていた。
裕也も彼も例外ではなかった。
塾に、模試に、受験への不安、将来の不安、周囲の態度に、ふつふつと苛立ちだけが募る。

「なぁ…もう一度…」
「ん…」

どちらからともなく手が伸びる。
その苛立ちが募るたびに、二人はお互いを求めた。否、もしかしたら既に解っていたのかもしれない。本当の気持ちに。そして、それが永遠じゃないことだと。

だからこそ、
お互いはお互いを求めた。





「裕也。」





それは、卒業式もあと僅かな日だった。
リビングに行くと、激しい剣幕の表情で母と父が呼ぶ。
そんな表情にさせた理由がわからず、裕也は不思議そうに近づき、示された椅子に座った。

「卒業と同時に引っ越すことになった。」

重々しく父が言う。
なんで、と裕也が言う前に、次は母が口を開いた。

「…昨日の夜、何をしていたの。裕也。」

脈絡のない質問。
けれど正直に裕也は答えられず、瞬間言葉に詰まってしまう。

「解っているのよ、もう。」

母が辛そうに言葉を吐いた。

「解っているって…、何が?」

平静を装うが、全身に冷や汗をかき声が震える。

「もう会うことは許さない。卒業までは学校以外で会うことは駄目だ。」
「――――っ」

一瞬にして、冷や汗さえ冷えきった。血の気がなくなっていくのが解る。
どんな反論も言えなかった。
頭の中も真っ白になって、ただ呆然と立ちつくしかなかった。
ただ五月蝿いのは自分の鼓動。自分の吐息。自分の幼さ。


携帯も止められ、パソコンも没収された。彼との連絡手段は全て断ち切られたのだ。

次の日、学校に行ってみれば彼はいなかった。
担任は「入院した。」と言っていた。軽い肺炎だと症状について語ったが、入院先は教えてもらえないままだった。
体の弱くない彼が、本当に入院したのかはわからない。けれど結局、数少ない登校日には一度も顔を見せなかった。


明日は卒業式だ。


裕也がいない間に引越し屋が来て、荷物を全てまとめトラックに積む。父がそれを見届けたあと乗用車で、式の父母席に座っていた母と式が終わった裕也、双子の弟を迎えに来て、そのままこの町を去るのだ。嬉しさや悲しさに浸っている余裕はない。
どこに行くかはまだ聞かされていなかった。万が一、裕也が彼に住所を教えないためだ。そして、他の同級生から居場所が漏れないように。
念入りな計画だ。

(もしかしたら、本当に一生会えなかったりして。)

そんなことを考える度に、顔は歪み、不安で胸が詰まった。

「っ誰だよ、『永遠』なんて期待させる言葉作ったのっ。」

感情に耐え切れず、叫んだ。
大きくはなかったが、その声は胸の底から絞り出したようでとても痛々しい。


ずっと一緒だと思っていた。
ばれたって、きっと一緒なのだと。
離れられない絆なんだと思い込んでいた。
『永遠』なんて軽く笑い飛ばせるくらいに。


けれど
永遠なんて、どこにもなかった。


「っ…」

顔全体を枕に押し付ける。
押し込めた嗚咽が静かな部屋に響く。


不意に、扉を叩く音が聞こえた。
少し戸惑ったような叩き方だ。


「兄さん。」

自分と似た声音。
弟だ。

涙は止まらず口を塞いだまま、相手の様子を聞く。

「あの、ね。今、電話があったんだ。」

声に落ち着きがない。そして、とても不安げだ。
その通常とは違う声の調子に、裕也は枕から顔を上げ、扉越しに声の主を見つめる。

「その、さ。あの、色々と、冷静に聞いて欲しいんだけど…」

ごもごもと裕也に念を押すように言葉を紡ぐが、なかなか先を言わず、裕也は苛立った。だが、その分、不安も共に成長していく。

そして


次の言葉に、









「どういう…こと……」









愕然とした。













「兄さんっっ!!!」


弟の制止の声など聞こえなかった。
靴を無造作に履き、夜中の道路に飛び出す。
空は月さえ浮かばない闇だ。
その中を、勢いのまま走る。

けれど、足は動きを止めた。

どこに行けばいいのかなんて解らなかった。
どうしたらいいのか解らなかった。

ふらふらと、力の抜けた体で道路を歩く。

「…」

先程まで止めどなく流れていた涙は、今は嘘の様に止まっている。
しかし、それは、嵐の前の静けさのようだ。



言葉が、

脳に突き刺さる。




「っ―――」

膝がくず折れる。

「……どうして……」

顔を両手で包み込む。
その隙間から、再び漏れたのは後悔の言葉ではなく、言葉にならない想い。そして、激情。
アスファルトに落ちた雫は決して消えることなく、そこに居座り続ける。



世界は静かだ。
暗闇は嫌になるほど静かだ。









「兄さんっ―――!!!」








だが。
弟の声が聞こえたと同時に、辺りが白く光、硬いラッパのような大騒音が鳴り響いた。

「兄さ――!!」

全体が熱い。
世界がスローモーションのように動きだした。
そして、背中を再び打ちつけ、意識が遠くなる。

頬に暖かな手が触れた。

自分を呼ぶ声がする。

それが誰なのか既に解らない。

ただ、
意識を失くす前に駆け巡ったものは、
思い出。
想い。








「―――――。」









呟いた言葉が、風に乗って届けばいいのに、
なんて。

そんなおとぎ話みたいなことを不意に思って。








けれど、
最後に思い出したものは、
信じたくないこと。




















『亡くなったんだって』














想いは








永遠に







届かない。









To be continued



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