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□三世之縁(さんぜのえにし)・後半
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快晴でも、陽射しが所々にしか差し込んでこない林の中。
白と黄色の献花を片手に男は、少し歪で丸く大きな石の前に立っている。
その姿は、既に少年の面影を潜め、青年としての風格が漂っていた。オールバックにした髪は綺麗に整えられて、漆黒のスーツを身に纏い、白すぎた肌は今では黄色人種らしい健康的な色に飾られ、骨格の張った一人の男に成長していた。
もう誰も、同じ顔の彼とは間違えたりしたいだろうと、男は思った。しかし、男は解っていない。未だその瞳は、彼と同じであることに。
献花をそっと石の隣に添える。
墓石とはいい難い、陳腐なものだ。



あの時。
ただ怖くて怖くて怖くて。
全てを忘れたくて。無かったことにしたくて。
この場所に、全て埋めた。
あの頃の弱き自分と、それを知る全てを。

(そう。ただ怖かった。)

だから、地の底に埋めた。
けれど、結局。
それは全て埋められなかったらしい。

(お前は、最悪な方法で、俺を繋ぎとめておいたんだな。)

ここに埋まっているのは、空っぽの身体。自分の自尊心。ほんの少しの彼への恐怖。


だけ。


手元に残った恐怖は、首を絞められた時のようにじわじわと迫上がり、湧きあがり、膨れ、それは憎悪へと姿を変える。そして、その憎悪は、最悪な形で自身を痛めつけた。






『憎悪』は決して『愛』の反語ではないのだ。







(お前の言った通りだ。)
(私もお前も、同じだよ。)





たとえ、分けられて、違う人生を歩まされたとしても、行き着く先は、同じだったのだ。

同じ腹の中で、同じだけの時間を共有し、同じ時にこの世に産み落とされ、同じ顔立ち、同じ体躯をしているのに、それをどうすれば、違う感情を持つというのだろうか。


憎くて、殺したくて、全て奪いたくて、思い通りにしたくて―――。




磁石のように、反発するそのものの反対側は、あまりにも強力な求引力(キュウインリョク)。





けれど、それを認めたくなくて、知らなかったことにしたくて、踏みにじろうとするのに、そうすればするほど、それは強く芽吹く。雑草のように、いつのまにか根を張っている。
知らぬ振りをしていれば、気づいた時には手遅れだ。
もう、見なかったことになど、できない。

(・・・・・・もう、手遅れだ。)

それは既に、心の地の深くを支配して、忘れることが出来ない。
そのことしか、考えられない。

そして、それが。
手に入れられないものなら尚更。

どうしても手に入れられない歯痒さが、想いを強くする。

けれど、手に入れたい。




欲しい。欲しい。欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい。





「私が、お前のものだというなら・・・」



抑揚のない声。表情のない顔。



「お前も、私のものだろう・・・?」



問いかけというよりも、確信のある声音。




(私達は、『おなじ』なのだから。ずっと『一緒』なのだから。)






「だから」




(だから)





「愛しているよ、翔。」





(それすらも、私のものだ。)










お前の全てが欲しい。
お前の心、身体、過去、未来。
死も生も。
遺伝子も全て。
少しでも、お前が絡むなら、全て。








(私たちとそっくりに育っているよ、あの子は。)


「私たちの子供みたいだな・・・。」

ククっ、と愛おしそうに喉を鳴らす。
そして膝を折り、手を伸ばす。
まるで、そこに、彼がいるように。
彼の頬に、彼が最期に男に触れた時のように、触れる。
冷たく無機質な物質に。








「なぁ・・・」









修一郎は触れた。









「今でも俺は・・・
お前が
憎くて憎くて」













「憎くて」















「たまらないよ・・・」










触れるだけの口づけ。












「翔一郎(ショウイチロウ)。」











それは。
最高の愛の言葉。








●END●



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