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□十六夜ファーストラブ
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「おりゃー!侑士ー!」
「何や何や・・・いきなり飛び付いたら危ないやろ」
いつもの様に戯れ合う二人は、跡部曰くウチの天才、忍足侑士と
いつも飛び跳ねてるアクロバティックのスペシャリスト、向日岳人。
もう見慣れた光景だ。
「お前ら!コート内でイチャついてんじゃねぇ!」
部長の怒声が飛ぶ。
これもいつもの光景。
「ええやんか跡部。ちょっと位・・・・」
「よくねぇ。てめぇのちょっとは信用できねぇんだよ。向日!てめぇは日吉とシングルスだ!」
「え!?」
彼、・・日吉は思わず声に出した。
(しまった。)
「な・・・何だよ日吉!俺が相手じゃ不満なのかよ!」
「いえ・・・・別にそんな事は・・・」
「来いよっ俺様が直々に倒してやるぜ!アーン?」
「・・・・・・・それ、もしかして跡部部長の真似ですか」
「おぉ!当たり!」
コート内に居る岳人はいつも輝いていて。
その華麗な跳躍はきっと誰もが魅了されている。
(・・・その中に俺も含まれてる・・・)



「うわ!?」
「え・・・」
試合途中。ムーンサルトが炸裂した瞬間。どこからともなく転がってきたボールが、岳人の着地を妨害した。

ぐぎ。

「い・・・っ・・・ってぇぇえ!!」
「向日先輩!!」
日吉が慌てて駆け寄ると、岳人は涙目で足を押さえていた。


・・・・不謹慎だと思ったけれども。


その姿に。


ドキリとした。




「だ・・・・大丈夫ですか?!」
鳳の声に日吉は我に帰る。
「・・・っ・・・・大丈夫、じゃねぇ・・・クソクソ・・ッおもっきしひねった・・・・」
「折れてねぇよな・・・・」
宍戸が痛そうにかがみこんでそんな事を呟いた。
「不吉な事いうなよぉ・・・」
「・・・と・・・とりあえず手当てを」
ここでは埒があかないと判断して、日吉は肩を貸そうと岳人の腕を引き上げる。
・・・また心臓がうるさい。
(・・・・細い上に軽すぎる・・・)
サラリと赤い髪が風に揺れた。

「どないしてん!」
コートを出た所で駆け寄ってきた忍足はどうやらその場に居なかったらしく。
「・・・う・・・うぅ〜・・・・どこいってたんだ侑士ぃ・・・・痛いよー・・・」
「部室戻ってたんや。足挫いたんか?ヨシヨシ、泣きな・・・日吉、俺が代わるわ」
言うなり忍足は、ベソをかく岳人を軽々と抱き上げた。
「うわぁ!!ちょっ・・・侑士!」
「ええから大人しゅうしとき」
お姫様だっこに文句をいいつつも、岳人が満足そうなのを日吉は見逃さなかった。
「・・・バカップル」
「え!?」
呟いた一言に鳳が声をあげたけれども。
彼は無言でコートへ戻る。


クルクル変わる表情。
怒って喚いて、笑って。

けれどもその視線の先に居るのは忍足侑士、唯一人。
彼の前でだけ、岳人は違う顔を見せる。

分かってる。
なのに
このムカつきは一体何だろう。








『お前さ、名前何ていったっけ』
第一印象は

『…日吉です。日吉若』

華奢な人。





まだ温もりが残ってる。

「日吉」
呼ばれて顔をあげると、そこには忍足だけが立っていた。
「向日先輩は?」
「足なぁ、腫れとったから医務室行きや。俺先に戻れて追い返されてもーたん」
苦笑を浮かべる彼はしかし、その表情は見えない。
「そんで伝言。負けたわけじゃねぇからな!…やって」
「……」
ムキになって叫んでる姿が目に浮かぶから手に負えない。日吉は思わず笑いそうになって、それでも何とか堪えた。
「可愛いやろ」
「・・・・男に対してその単語はどうでしょう。向日先輩怒りますよ」
「そやなぁ。けど・・・・日吉もそう思うんやろ?」
忍足は笑った。
しかし。
その目はしっかりと彼をとらえている。
「ご冗談」
「さっき。自分がどんな顔してたか知っとるか」
ドキリとした。
凍り付いた心臓が、じわじわと砕かれていく様な感覚に襲われた。
「岳人、細いし軽かったやろ」
「・・・・何が言いたいんですか・・・」

焦る。
どうして?

忍足の表情が消えたからだ。
「自分でわかっとらんのか?タチわるいなぁ・・・それとも認めたくないん?」
「だから何が言いたいんですか」
本当はもう分かってる。
忍足が言わんとする事も、このイライラの原因も、全てはあの人に対する・・・
「忍足」
日吉が何か言い掛けた瞬間、第三者が乱入した。
「何や跡部・・・・」
「向日はどうした?」
先程の彼と同じ質問をして、跡部は傍までやってきた。
「日吉、お前今フリーだろ。鳳の相手してやれ」
「・・・はい」
「お、頑張ってなー」
今までの会話が嘘の様に、忍足はヒラヒラと笑顔で手を振る。
その表情は、やはり読めない・・・・



「・・・・おい」
「何や」
日吉が遠ざかった後、跡部は声を低くした。
「てめぇは一体何考えてやがる」
「・・・・俺にしては頑張った方やろ?」
忍足は笑みを浮かべて、跡部に視線を移す。
「・・・・日吉のあの顔、見んかった?」
自分がコートに戻った時、抱えられていた岳人。その細い腰に腕をまわして支えながら、愛しそうに目を細めた日吉。
・・・大した度胸だと思ったら。
「あれ、無意識やったみたいやから牽制だけで済ましたったん。俺にしては頑張った方や」
忍足は岳人に激甘だ。だから、彼に近づく不穏分子を絶対に見逃さないし放っておかない。
「・・・・それを何考えてんだって言ってんだよ。嫉妬かよ・・・うぜぇ」
跡部がため息をつくと忍足はまた笑った。
「ほな、うざいついでにオネガイ。俺やっぱり医務室戻って来てええ?
ウチの嫁さんが無理して歩かんように連れて戻るから」
一癖も二癖もありそうな笑みが跡部に向けられた。
何となくわかる。それは有無を言わせない低音。
「さっさと行けよ」
駄目だと言うだけ無駄だから、跡部は即答する。
氷帝一のクセ者は、おおきにーなどと呟きながら階段をあがっていった。




結局、文句を言いつつ抱えられて帰ってきた岳人は捻挫で、医務室でしばらく動かすなと言われたらしく不服顔を通り越した拗ね顔でその後の部活を見学していた。


「あ。おーい、日吉ー」

不貞腐れてベンチに座っていた岳人が、通りかかった彼を呼び止めた。日吉は鼓動が早くなるのを感じながら、視線をそちらへと向けた。
「・・・大丈夫ですか」
「おー。もう何ともないぜ。先生も侑士も心配しすぎなんだ・・・・スゲー暇」
「・・・捻った時叫んでましたけど」
「・・・・あれは勢い!」
痛いクセに意地をはってるのは丸分かりだけど。その辺が岳人らしいと日吉は思った。
「あ。そんな事言いたいんじゃねぇ。さっき。」

『さっき。自分がどんな顔してたか知っとるか』

「え」
「ありがとな。手当てしてくれようとしてたじゃん」
「あ・・・あぁ・・・・いや、別に・・・」

忍足の言葉が蘇る。
今の自分はどんな顔をしているのか・・・?

『認めたくないん?』

言ってくれる。
ならばその余裕の笑みを壊してやりましょう。
今ここで。
「日吉?」
目の前にいる岳人の声がやけに遠く聞こえた気がした。
「日吉・・・・聞いてんのか・・」



初めて触れた唇は
甘くて柔らかかった。





「・・・な、に・・・・すんだよ・・・・」
岳人は茫然と彼を見上げた。
掠めるだけのキス。
けれども冷たい感触が残っていた。
「お前・・・・今自分が何したか・・・・」
わかってるのか?
彼は続きを言う事ができなかった。
日吉がもう一度、唇をあわせたから。

「・・・っやめろ!」
突き飛ばした反動で、岳人はベンチから落ちて尻餅を付いた。
「何考えてんだバカ!!」
涙目で睨んだ彼に日吉は自嘲の笑みを浮かべて。
「文句なら・・・忍足さんに言ってくださいよ・・・・」
俺が無意識に否定し続けたものを、簡単に掘り返してしまったから。
「もうとっくに認めてるよ。俺はあんたが好きなんだ」
「え・・・日吉・・・・ちょ・・・・、やめ・・・・!」


「で、何しとるん?」

忍足が壁越しに上から覗き込むんでいた。
「エエ雰囲気やん・・・・邪魔やったか」
「侑士!お前まで何言ってんだ馬鹿!」
怒鳴る岳人に微笑して、忍足は軽々腰の高さの壁を乗り越えた。

「見直したわ日吉・・・・お前、中々えぇ度胸しとるんやなぁ・・・・」
忍足は岳人の手を引いて起こしながら、黙ったまま見ている日吉へと視線を投げた。
「誰がキスしてえぇゆーてん。俺に喧嘩売ってるんか?」
「・・・自分に正直になっただけですよ。忍足さんのおかげですね。」
何がなんだかわからない岳人は、火花が散りそうな二人を交互に見上げて・・・・
「ゆ・・・・侑士・・・・」
やはりその口から出るのは、違う人間にキスされた後でさえ忍足の名前。先程の日吉の言葉も手伝って、岳人は不安そうに忍足のシャツの裾を軽く引っ張った。

「さっきから意味わかんねぇ・・・侑士、日吉に何言ったんだよ・・・・」
「うん?別になんも?」
忍足の表情は読めない。
けれどもはっきりと表しているのが一つだけ。
独占欲だ。
「イヤやわ日吉。ダンナがおらん時に奥さんに手ださんとってや」
「何ですかそれは。変な言い掛かりは止してください」
「だからなんの話だよ!わかんねぇ!」
「おまえら・・・・ほんっっっとにいい度胸だな・・・・」
突然の声に3人が振り返ると。
「跡部・・・・」
形のいい眉を釣り上げた部長は、怒りも露に怒鳴った。
「忍足!日吉!てめぇら二人共グラウンド走ってこい!!100周だボケェ!!」
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