*日常の国のアリス

□◇番人の特権(アリス×番人)
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「…ねぇ、ビル」
『何ですアリス?』
ビルが振り向きもせずに応じる。
「髪…邪魔じゃない?」
『はい?』
怪訝そうに振り向いたビルはそこに無邪気な笑顔を浮かべる少女を見た。
『…』

そこは首切り城の地下の一室。ビルが書庫として利用しているため、そこら中に本が溢れ返っている。…しかも当たり前の事だが薄暗い。
…仕方ないよね?本って太陽嫌うもん。
アリスは思う。
しかし、だからといって決して不快な空間…というわけでもないのだ。
そこは几帳面な番人ビルのこと。キチンと空調を完備し書物を湿気から守っている。
うーん…
こういうところは几帳面
なんだけどな…
「その前髪よ。鬱陶しくない?」
再びアリスが問う。
『…別に問題ありませんが』
ビルは再び文献に視線を戻す。
パタン
手を伸ばし文献を強制的に閉じたアリスはビルに言い放つ。
「問題あるわ!目が悪くなっちゃうもの!!!」
ビルは心底面倒臭そうに目を逸らしていたが、やがてアリスに向き合うと努めて穏やかに言った。
『…大丈夫ですよ、アリス。私は目に頼らずともこの舌で周囲を感知できますから』
「Σえ!?そうなの!?」
アリスは驚いてビルの口元に視線をやる。その先には二股の赤い舌がチロチロと揺れていた。
「…」
マジマジと見つめるアリス。
すると…
…フッ… 
番人が不敵な笑みを洩らした。
「……ビル」
『はい?』
「…今の話、適当に言ったよね?」
『それが何か?』
シレッととぼける番人。
「もぅ!!
誤魔化さないでよ!」
『私は忙しいのです』
再び本を開こうとするビルだったが、またしてもアリスにシャツの腕を掴まれてしまい動きを止める。こうなったらアリスも意地だった。
『…一体何なんですか?』
益々面倒臭そうにビルが尋ねる。
「実はね…」
そう言いながらアリスはゴソゴソと右手で紅いエプロンドレスのポケットを探る。
…左手はビルのシャツを握り締めたまま。
あくまで私に仕事をさせないつもりですか?
ビルは心の中で問う。

やがて目当てのモノを見つけたアリスがビルの鼻先にソレを差し出す。
『…?』
番人は視線だけ動かして
ソレを見やった。
アリスの手元にあるソレは見たところアルミの小さな箱のようだ。
四角いソレには如何にもアリスが好みそうな可憐な野花が所狭しと描かれている。
『…何ですかソレ?』
「ふふふ」
尋ねられたアリスは楽しげに含み笑いを洩らし箱の蓋に手をかける。
カパッ
「じゃーん!!」
『…』
中に入っていたのは色とりどりの髪ゴムとピンだった。

『…何なんですか?』
あきれた様子のビル。
「え?髪ゴムとピンよ。知らない?これは髪を……」
アリスは丁寧に説明しだす。…遠回しにバカにされているのだろうか?
ビルはぼんやり思った。
『知ってますよ。私はソレをどうするつもりなのかと聞いたのですが』
アリスがビルを見る。
「勿論、ビルの前髪を上げるために使うのよ?」
サラリと返すアリス。
………やっぱり
『…』
黙り込むビルをいいことに、アリスは嬉々として彼の前髪に手を伸ばす。

パシッ
目標に到達する前にビル自らの手によってアリスの手は絡め取られてしまった。
『…アリス…私がその様な戯れを許すと本気でお思いで?』
いつもより1オクターブ低いビルの声。
Σう"…目が笑ってない。予想していた反応にも関わらずアリスは少々怯む。
しかし
「…だって,私ビルの前髪を上げたいの。ビル…私…望んでるわ」
『…』
アリスのこの台詞は歪みの国の住人にとって破壊力抜群だ。
それは相手が例え真実の番人だったとしても…多分
ごめんねビル;
…でも私…この日のために新しい飾りピン買ったの!案外せこいアリスだった。

コレを無駄にしないためにも…ね?

『…仕方ないですね』
低くつぶやくビル。
「いいの!?」
再び嬉々としてビルの前髪に手を伸ばすが、どうした事か番人はアリスの手を掴んだ力を緩めない。
「あのービル?」
不思議に思ってビルの顔を覗き込んでみる。
『…ただし』
「え!?」
いきなり顔を寄せてきた
ビルにアリスは赤面する。
ビルはそんなアリスの様子など全く構わず彼女の耳元に唇を寄せる。
そして
『…代わりにあの事
皆にバラしますよ?』
低く囁いた。
ゾワッ
鳥肌が立つアリス。
「…えっ…と…あの…事って?」
急に青くなりオドオドとビルに尋ねるアリス。
『あの事はあの事です』
「…」
『私は仮にも真実の番人
ですからね…アリスの事など全て知っていますよ?
…全て…ね』
クス…と笑うビル。
…あの事…あのコト…アノコト…アリスは必死に考える。
『どうしましたアリス?私の髪を上げるのでしょう?』
さぁとでも言いたげにビルがアリスに顔を寄せてくる。…正確には頭だが

「っ!?いいっ!!いいです!やっぱ止めます!」
ごめんなさーい!と叫んでアリスはビルを突き飛ばすと、勢いで逃げて行った。
アリスが急いで階段を駆け上がっていく音が階下のこの部屋にまで響いてくる。
バタ…バタバタバタ
…………………ベシャッ
どうやら最後は転んだらしい。
やがて
部屋は元の静寂に包まれた。
『…誰にでも人に知られたくない秘密はありますからね?』
誰に聞かせるでもなくビルはつぶやく。
『ねぇ…アリス』
彼女がいなくなった部屋でビルは彼女に触れた手をそぅと握り締めた。

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