ノベル

□乙女チックドラマティック
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それは蝉の声が五月蝿い、音と色に塗れた8月―。
長くて短い、夏休みの真最中のことだった。




『乙女チックドラマティック』1




駅前の木立があるベンチに腰掛ける、背の高い少年…と呼ぶには余りに老成している雰囲気を持っているが…年齢からすればそれは少年に間違いなかった。

白い半袖のシャツを第二ボタンまで開け、アンダーには吸水性のよさそうな黒いTシャツを着用している。
そしてすらりと長い足を覆い隠すのは肌身に吸い付くほどではなく、しかし程よくフィットする藍色のストレートデニム。
半袖から伸びた白く細い腕に、大きく華奢な手、不便なのではないだろうかと思うほどの長い指。
左手には文庫本を持ち、右手でぺらぺらとその頁を捲る。
驚くような速さで全ての頁を捲り終えると文庫本をそっと肩脇に置いて、左手首につけた品の良い腕時計を見やる。

そして小さくため息をついたかと思うと、駅通りをじっと眺める。
誰かを待っているのだろうか。
しかしその視線の先に人影は見当たらない。

再びさきほどの文庫本を手に取り、手慰み程度に目次を眺めたりしている。
そのときふと、本を覆い隠す影が現れた。
その少年が影の本体を見上げると、そこには少し背の高い女の子が立っていた。
少年と女の子はデートの約束をしていたのだろう。
しかしなにやら様子がおかしい。
その女の子は俯いたままじっと動かないのだ。
女の子のゆるやかな癖毛に真夏の日差しが降り注いでそれはきっと柔らかそうに見えた。
少しつり目で大きな瞳は微かに潤んで見える。それも夏の日差しのせいだろうか。

頼りない肩紐の白いワンピースから伸びた足は白くて細くはあるが、普段から鍛えられているのがわかるような筋肉が見て取れた。
部活動で陸上でもしているのだろうか。
どことなく違和感があるのは、普段はあまりワンピースのような女の子らしい服装をしないからなのだろうか。
今日は少年とのデートだから、お洒落をしてきたというところだろうか。

少年はその女の子の顔をじっと見つめて微かに笑みを浮かべている。
女の子は両手でぎゅっとワンピースの裾を掴んで今にも泣き出しそうな顔になった。


「さ、デートしようか、赤也。」


「…。」


俯いたままの女の子の手を取り、少年は駅へと向かう。
そして切符を二枚購入し、女の子の手を引いて改札を通る。
暑いというよりは最早痛いほどに肌を刺す太陽の下、恋人同士であろう二人は手を繋いだまま無言で電車を待った。

なにやら満足そうな表情の少年に、曇った表情のままの女の子。

女の子を元気付けるためにこれからどこかへ出かけるのだろうか。

そのとき初めて女の子はぽつりと喋った。


「…やっぱりこんなの…嫌っす…着替えに帰っちゃだめっすか?」


「……電車がくる。」


向こうのほうで踏み切りが鳴る音が聞こえ始めた。
真夏の暑い空気の中では風景も音もぐらぐらと揺らいで、全てが陽炎のようだ。

電車が近づいてくる。

そして速度を落とし、二人の前にぴたりと停止した。

その扉が開くと、冷房によって冷やされた空気が流れてくる。

女の子は足首にひやりと冷気を感じて、何か現実と夢の狭間にいるようだと感じた。

少年はその車内へと歩みを進め、女の子もそれについていくしかないというような面持ちで続いて車内へと乗り込んだ。

乗客はまばらで、ちょうど向かい合って座ることができるボックス席があいていたので、少年は迷わずそこを選んだ。

扉の閉まる音がする。

かた…かたん…と電車が徐々に加速しながら進んでいく。

進行方向を向いて座っている少年の前に向かい合って座っている女の子は、まるでこの電車は後ろに進んでいるようだと思う。

やるせなく窓の外を見る。

この箱のような乗り物の中とはまるで別世界、生き物の気配や色や音が充満している夏景色。

真青な空に、真白な雲、凛々と茂る緑色、―。



ああもう戻れない。



振りほどいてでも逃げればよかったのに。
でもそれはきっと不可能だと知っている。
逃げても、逃げても、逃げた先には必ず彼が待ち受けている。
逃げているつもりで、自分から引き寄せられているのか、彼がどこまでも追いかけてくるのかも、わからなかった。

窓の外を見ている自分の横顔を、じっと見つめる視線を痛いほど感じながら、女の子は自分の頬が赤くなっていることに気づいていない。

視線が焦がしたのか、自ら焦がれたのか、そのきっと両方なのだろう。


電車は二人の体を揺らしながら、その先へと、いや後ろへと、淡々と進んで行く。






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