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□桜の季節
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「桜、散ってますね。」
「そうだな。」
桜並木の続く道を柳と赤也は二人でぽつりぽつりと歩いている。
昨日まで暖房器具がいるくらい寒かったかと思えば、今日は細かな光の粒子がきらきらと眩しく暖かい。冷夏や暖冬が続いて、そのうち日本には四季がなくなってしまうのではないだろうかと危惧しながらも今年もこうして桜を見れることを幸せに感じる。しかし暖かい地域では、満開になる前に葉桜になってしまうこともあるようだ。
温暖化だか寒冷化だか知らないが、それを食い止めることができないならばせめて、今あなたと見る満開の桜を瞼の裏に焼き付けよう。
いつでも、いつまでも、思い出せるように。
桜の季節
暖かい気候と桜は新たな生活が始まる季節にぴったりである。真冬や真夏、ましてや秋であったならこんな風に凪いだ気持ちで新たな生活を迎えられることもないだろうと柳は思う。
「赤也、」
陽気な早歩きで少し前を歩く赤也を柳は呼び止めた。ぴたりと足を止めて赤也は振り返る。
「なんスか?柳さん。」
「好きだよ。」
柳は立ち止まったままの赤也の隣に並ぶ。
「と、突然何言ってるんスか!」
「いやここのところ、ちゃんと言っていなかったと思ってな。」
「あ、え…そ、お…俺も…。」
「あそこあたりがいいんじゃないか。」
「へ?」
柳は赤也の言葉をさえぎり人の少ない土手の下辺りを指差してその方へ歩きだした。
「あ、ちょっと待ってくださいよ〜柳さん〜」
少し赤く染められた頬に手のひらを当てて、赤也は柳の後を小走りでついて行く。
平日であるため家族連れがぽつぽつとあるだけで花見客は少ない。
桜の木の陰になっている場所にシートを広げ、靴を脱ぎ二人でその上に座る。
桜は満開の時期を少し過ぎようとしており風も無いのにはらはらと舞い落ちる。
「おお、すっげー!」
赤也は柳が広げた重箱をきらきらした瞳で覗きこむ。綺麗な形をしたおにぎりに伸ばされた手を柳が掴む。
「こら、手を拭いてからにしろ。ほら。」
「はーい。」
美味しそうに次々と重箱の中身を空にしていく赤也を柳は優しく見つめていた。
「ふ、そんなに美味いか?」
「はい!すっげー美味いっス!」
「そんな風に食べてもらえると作った甲斐がある。」
「柳さん本当に料理上手っスよね。俺柳さんの作ったご飯大好きっス。」
「それは嬉しいな。」
言いながら柳は赤也の口元に手で触れ、くっついていたご飯粒を人差し指で取ってやった。
「あっ…」
不意に触れられた感触に赤也の動きが止まる。
「そんな顔をするな…」
「え?」
柔らかい桜色の風が吹くのと同時に、あまりにもさらりと、柳は赤也の唇にキスをした。
一瞬、掠めるようなキスだった。
顔を離しても見つめ合ったまま、まるで二人のいる場所だけ世界から切り離されているような感覚。柳は赤也の髪の毛に優しく触れ、手で撫でるように梳いた。
「キスしたくなるだろう。」
「…柳さん…。」
「卒業おめでとう、赤也。春休みが終わったら、また同じ場所に通えるんだな。」
「あ、ありがとうございまス。」
軽く触れられた場所がじんじんと熱を帯びて体全体に拡がっていく。
「こんなにも、一年が長いと感じたことはなかったよ…」
「俺も…3年生になってからの一年間すっげー長く感じたっス…なのにたまに柳さんと会える時間はなんかすっげー短くて…」
「俺もだ…楽しい時間は早く過ぎるというからな…。喧嘩でもしてみたら二人でいても長く感じるのだろうか?体感時間というものを今度試してみようか?」
「嫌っスよーそんなの!」
「ははは、わかっている。冗談だよ。」
赤也はなんとなく悔しい気持ちになって、くすくすと笑いながら俯く柳の頬に唇を押し付ける。
「…俺も、柳さんのこと、大好きっスから。」
柳は軽くため息をつきながら、赤也のおでこにこつんと自分のおでこを合わせた。
「…馬鹿…そんな顔をするなと、言ったばかりだろう…」
そして赤也の手を取り、自分の心臓辺りに合わせる。
「…こんなにどきどきさせて、どうする気だ…。」
桜の季節が短いのは、それが美しいから。
いつか散ると知っていて、来年また咲くことも知っていて、
それでも、散らないでくれと願うから。
二人でいる時間が短いのは、それが幸せだから。
またすぐに会えることを知っていて、
いつか終わることも知っていて、
それでも、
いつまでもいつまでも、終わらないでくれと祈るから。
end…
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あとがき
THANKS30000HIT!!!
甘くてほのぼのした日常柳赤のリクエストありがとうございました!
これじゃただのヤマナシイミナシオチナシになっているような気もしてまいりましたが…事件のない日常を書くのは意外と難しくてそしてそれ以上に楽しかったです!
本当にありがとうございました。
20100503晴雨
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