ノベル2
□それはきっと永遠の9
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翌朝、雨の音で切原は目を覚ました。ザーっと直線に打ち付ける強い雨。
携帯のアラームが鳴る5分前だった。この分だと今朝の朝練は中止になるだろうと高を括って二度目の眠りについた。
しかしその眠りは浅く、ずっと雨の音が耳に入り込んでいた。
(柳さん…柳さんのことを考えると頭がぼうっとなる…)
次に切原が目を覚ますと予想通り朝練中止のメールが幸村から一斉送信で届いていた。その携帯画面をぱちりと閉じた瞬間一階から声が響いてきた。
「赤也ー、早く起きなさーい!」
「へいへいっと」
手に持っていた携帯の時計を見てもまだ十分間に合う。ごそごそと制服に着替えて一階に降りて朝ご飯を食べる。確かにこの全ては前からあった日常だ。そう思いながらも、口にした食パンはやけにぱさぱさと味気なく感じた。物足りない、そう感じてマーガリンとジャムを多めに塗って牛乳で流し込む。
「そんじゃ、いってきます!」
ドアを開けるとまだ雨は強く降っていた。傘を開いて道路へと降り立つと、門のところに留まる影があった。
「…あ、柳さん?」
「赤也、おはよう。」
「おはようっス。待って、たんスか?」
「ああ、習慣だからな。それにしても赤也…髪の毛が一段と…」
「…うるさいっスよ〜!これは天パなんス!」
「ははっ、そうか。」
「気にしてるんスからね…だから雨って嫌いっス…」
「そうか?俺は雨の日というのも結構好きだぞ。確かに練習できないのは困るがな。通行人が差す色とりどりの傘は雨の日だけに咲く花のように見えるし、不規則な水の音は耳を澄ませば癒しを与えてくれる。運が良ければ晴れたときには虹が見えることもあるだろう…あと、お前の癖毛が非道くなることとかな。」
「最後のはいらないっス!」
「ははっ」
柳が発する言葉は、今まで切原の瞳には灰色にしか映らなかった雨の日さえも色づけてしまうようだった。柳といると高揚している自分に気づく。
大きな横断歩道が近づいて赤信号で停まっている人ごみを確認した柳と切原は少しずつ歩みを緩める。なるほど、色とりどりの花だなと切原は思う。その中にひとつ、こちらを振り返る人影があった。
「あ、…」
その人影は蔑むような冷たい目で二人を睨んで、何も言わずにまた正面を向き直った。
それは柳の彼女だった、女。
柳は、少しバツが悪く感じたが、彼女が何も言ってこなかったことに安堵した。そしてちらりと目だけで切原を見る。
「あ…や…なぎさん…俺…?」
切原の顔は少し青ざめて震えていた。
「赤也?」
「あの人…さっきの人…俺知ってる…見たこと無いのに…知ってる?」
「赤也…?」
「いや違う…あれは…」
そうだ、あれは柳さんの彼女…俺は柳さんのことが好きで、でも柳さんに彼女ができたって知って悲しくて、このままでもいいって思ってたら、柳さんの彼女はどっかの男と二股かけてて、しかも柳さんはあの女と…
「…柳さんの彼女…」
「赤也…まさか、思い出したのか?」
切原は無意識に涙が溢れて流れていくのに、頬を伝う感触でやっと気づいた。気づくと同時に傘を放り出して来た道を戻るように走り出していた。
突然あの日のあの瞬間に戻ったようだった。逃げたい。とりあえずこの場所から逃げ出して一人になりたいと、そう思って走り出した。
柳の眉間に深く皺が寄る。
お前はまたそうやって、何度俺の前から姿を消せば気が済むんだ。
行方不明だと聞かされたとき、どうにかなりそうだった。
やっと見つけたと思ったらお前は、記憶から俺を消し去った。
せめて近くで見守ることくらい、許してくれないか。もう二度と、俺から見えないところに行かないでくれないか。
柳は切原を追って、来た道を全速力で走る。柳が切原に追いつく頃には、登校する学生や出社する会社員はもうほとんど見えなくなっていた。
そうして切原の体は、後ろから伸びてくる長い腕に引き止められた。
「なんスか!離して下さいよ!」
切原が威嚇しようと振り向いた瞬間、体を強く抱きしめられた。抱く、というよりは捕まえられているようだった。
「嫌だ…もう離さない…逃げないでくれ…俺も、逃げないから…もう二度と俺の前から、消えないでくれないか…」
「…柳さん…?」
柳の頬を伝っているものが雨の雫なのか涙なのか、それは柳にさえわからなかったが、その声は震えていた。いつもの穏やかで余裕のある柳の姿はどこにもない。
「好きなんだ…赤也、お前のことが。」
切原は瞳を大きくさせて耳に入ってきたその言葉を何度も頭の中で繰り返した。そして何度もそんなはずはないと疑った。
「好きって…なんで?彼女は…」
「…アイツと付き合ったのは、告白されたとき、お前に似ていると思ったからだ。お前と恋仲になることができないのなら、せめてお前に似ている女と付き合えば満たされるだろうと思った…でも、ただ虚しかったよ…お前の代わりなど何処にもいない。」
「それで…付き合ってすぐにヤっちまったんスか…?それって…俺とヤリたいってことっスよね…?」
「ああ、俺はお前に触れたい。でもそれ以上に大切で愛しくて守りたい存在なんだ…信じてくれなくても構わない。気持ち悪いだろう…?ただ…幾ら時間がかかってもいい…またいつか前みたいに普通に、」
「あんた、本当に参謀っスか?」
柳の言葉をさえぎって切原は柳の顔をぐいと覗き込む。
「どういうことだ?」
「…俺の気持ち…ちっともわかってないんスか?」
「赤也の…気持ち?」
「ばか…」
「ああ、まったくだ。」
「柳さんのばか……」
「そうだな、何とでも言ってくれ。」
「でも…好き…。」
「す、き…?」
「本当にまったくちっとも全然気づいてなかったんスか?!」
「…ああ…まったくちっとも全然、だ。」
「ばか…」
「ああ、何度言われても足りないくらいに、俺は馬鹿だな。」
「好き。」
「大好きだよ」
「俺も大好きっス」
気持ちを伝えたら、伝え返してくれる。まるで、夢のようだ。
「愛してる…」
「っ!?あ…あ…アイ…ラブ・ユー…」
「くっ…はははっ、なんだそれは」
「だだ、だって日本語で言うのなんか恥ずかしいじゃないっスかぁ!」
「そうか?俺は赤也に気持ちを伝えられることが、嬉しくてたまらないよ。」
少し苦しそうに顔をゆがめながら柳は切原の体をぎゅっと抱きしめた。壊さないように、支えるように、大切なものを守る強さでぎゅっと抱きしめた。
「柳さん…好き…」
切原も柳の背中に手を回しぎゅっと掴まるように抱き返す。
この世界に確実なものなど、幾つもないだろう。
永遠に変わらないものなど存在しない。
変わらないものがあるとすれば、変わり続けるこの世界、それだけだ。
だから、この今を胸にぎゅっと閉じ込める。
今この瞬間にある気持ち、それはきっと永遠の鮮度で、この胸に輝き続ける。
end…
********
あとがき
完結、しましたー!
最後にいちゃいちゃさせてるとき本当にほっとした気持ちになりました。
ここまでお付き合い戴き本当にありがとうございました。
2010/01/21晴雨
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