短編小説

□帽子屋のバレンタイン
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昼下がり。読んでいた本から目を離し、壁に掛けてあるアンティークの時計を見る。


大きな振り子は狂うことなく正確に時を刻み、長針は約束の時間を示していた。

「そろそろ、か」


組んでいた足を解き、椅子の背から体をはがし立ち上がる。ギシ、と椅子が軋む音に思わず苦笑すると、丁度良いことに来訪者を知らせるインターホンが鳴った。


今度は嬉しさで頬が緩む。無意識に、扉に向かう足が早まった。……らしくない、そう思う。思うのに、体は急かした歩みを止めない。

俺がこんな感情に揺れ動かされるなんて、本当に狂ってる。昔から狂ってるなんて承知の上。衆知の事実なのだから今更なのだが。今は昔よりも自分が狂ってると思う。それもこれも、全部あの少女のせい。


「正確には狂うほどに夢中、なのかもしれないな」


長い廊下を早足で歩きながら呟いてみる。静まり返った廊下で呟いたところで、正解を教える者はいないが。



帽子屋はふっ、と笑うと、シルクハットを少しだけ前に下げた。




さぁ、愛しい君から甘い甘いチョコレートを貰いに行こう






帽子屋のバレンタイン
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