宝物

□いつかある日の二人のお話
1ページ/1ページ

 

いつかのある日のお昼のお話。


「はい、出来たわよ。」

「ありがとう、眠りねずみ。」

「どういたしまして。」



私の座っている位置からは丁度見えない所で繰り広げられている帽子屋と眠りねずみのやり取り。



大方検討はつく。



どうせ帽子屋のスーツのボタンか何かが取れかけてそれを眠りねずみが付け直した、そんなところだろう。


眠りねずみは焼き菓子系は作れないが他は大概出来る。


裁縫だってお手のもの。


実際、自分のドレスは勿論、気が向けば私達の服だって作っている。



ボタンが取れかけていたら他の誰でもなく彼女に(頭を下げて)付け直して貰うだろう。


特に帽子屋は帽子の装飾以外の裁縫は全く駄目なのだから尚更だ。




…イライラする。



「裁縫ぐらい私だって出来るわよ…。」



誰に言う訳でもなくぼそりと呟き目の前で色とりどりに光る対して面白くもないテレビ番組に終焉を告げた。


「あぁ〜、見てたのに…。」


電源をブチッと切れば一瞬にして真っ暗、三月うさぎの不満そうな声を無視して自室に戻る。



イライラ イライラ



部屋に戻れば落ち着くと思ったこのイラつき。


検討外れも良いところだ。



掻き消そうとすればするほどさっきの二人のやり取りが頭の中をぐるぐるまわりモヤモヤだけが胸を覆う。



「なによ、帽子屋の馬鹿…。」



手元にあったクッションをイラつきに任せて投げる。



ボスンッ



「うあっ!」

「え?」


何処とも決めずに一直線に投げたクッション。
どうやら扉の方へいったらしい。

本当ならそのまま扉に当たり真っ直ぐ落ちるはずだったソレは、何ともバッドタイミングでやって来た彼の顔に当たり、彼の腕の中に収まった。



「いたたたた…。」

「…何しに来たの。」



当たり所が悪かったのか少し涙目で鼻を摩っている帽子屋を素直になれない馬鹿な私は睨みつけてしまう。


「あー、アリスが何か怒ってるみたいだったから。」

「!」


帽子屋は私に気付いてくれていた。

その事に不謹慎にも頬が緩む。
それと同時に罪悪感で胸が痛んだ。


「その様子を見ると原因は俺だよな…。俺が何かしちゃったなら謝るよ、ごめんな。」

「…。」


帽子屋の顔が見れない。
悪いのは私なのに、帽子屋が謝る事なんて何もないのに。


ぎゅっと唇を噛み締めて俯く私はどうしようもなく情けない。


「アリス…。」


帽子屋が私の前に屈み、顔を覗き込んできた。


ぱっと目が合い見つめられる。


それがどうにもいたたまれなくて私は目を逸らしてしまう。



「アリス、」

「貴方は悪くないわ…、悪いのは私。」

「え?」



目を逸らしたままぽつりと小さく呟けばそれでも彼は聞きとってくれたのか私を座らして自分も私の前に座る。


帽子屋の視線は優しいもので自然と私の顔も上がる。


「…嫉妬したの、眠りねずみに。」

「…えぇ?」

自分でもその熱によってわかる程に顔が赤く熱くなっていく。


「私だってボタンぐらい付けられるのに帽子屋ったら眠りねずみにばかり頼むんだもの!」

「ふはっ、それで怒っていたのかい?」

「笑わないでくれる!?」


唖然とした表情は理由を話した途端くしゃりとした笑い顔に変わる。
それがまた恥ずかしいやらなんやらで私は帽子屋を睨むけど効果は無し。


言うんじゃなかったわ。



熱くて堪らない頬を真ん前の胸に埋め、顔を隠す。


そうしたら未だに消えない笑い声ときまって頭に軽い重圧。


優しくくしゃくしゃと私の頭を撫で回す帽子屋の手。


「アリスは可愛いなぁ。」

「っ髪の毛ぐちゃぐちゃなっちゃうから離して!」

「おっと、悪い悪い。」


口では謝っているくせに一向にやめようとしない帽子屋。

…何だかんだ言って離れない私も私かしら?


いつかのある日の二人のお話


「次はアリスに頼むな。」


そう帽子屋が言った次の日、見事な程ボタンを無理矢理とった形跡のあるYシャツを持った三月うさぎに違う意味でイラついたアリスがいましたとさ。




 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ