エッセイ集

□読書ノート
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《ニッコロ・マキアヴェッリ/佐々木毅全訳注『君主論』(3)》


「憎悪は悪い行いからも良き行いからも発生するということに注意しなければならない。したがって,私が述べたように,君主はその支配権を維持しようとするためには,しばしば善人でないように振る舞わざるを得ない。」(158ページ)

「唯一注意すべきなのは,自分に仕えている者や君主権のために奉仕している者に対して重大な危害を加えないようにすることである。」(158ページ)

「賢明な君主は好機に恵まれたならば,巧みに敵を作り,それを妥当することによって,自らの偉大さを一段と大きくするものである。」(167ページ)

「権力を掌握した当初は疑わしかった人間の方が,当初から信用してきた者より忠実で,役に立つことを経験している。」(167ページ)「支配が始まったころに敵であった者は,自らを維持するためには君主の助けを必要とする人間であり,君主は極めて常に容易に彼らを手なずけることができる。」(168ページ)

「最後の砦とは民衆に憎まれないことである。」(170ページ) 

「両者どちらの場合であっても自らの旗幟を鮮明にして堂々と戦う方が常に有益であると思われる。(中略)なぜならば勝利者は逆境にある時援助しなかったような疑わしい者を味方にしようとしないし,また敗れた者は剣を手にして自らと運命をともにしなかったような者を受け入れはしないからである。」(174ページ)

「【アンティオコスの言】「(略)中立によっては感謝もされず,尊厳も得られず,勝利者の餌食になるだけだからである。」(175ページ)

「味方でない者は中立を要求し,味方である者は武器を執るように要求するものである。優柔不断な君主は,現前の危険を回避しようとして多くの場合中立政策をとり,多くの場合滅亡する。
 しかしある君主が勇敢にも一方の側に加担することを公言し,もしはせ参じた側が勝利を得た場合,仮にその者がはなはだ強大でその意のままにならざるを得ないとしても,彼はこの君主に恩義を感じ,ここに友好関係が成立する。(略)君主のはせ参じた側が敗北した場合にはこの敗北者は彼を迎え入れてくれる。そして可能な限り彼を助け,運命が好転した場合にはともにそれを享受することになる。」(175ページ)

「君主は自分よりも強大な者と同盟しないように気をつけるべきだということである。」(176ページ)

「君主は自ら才能のある者を愛し,一芸に秀でた者を尊敬する人間であることを示さなければならない。」(177ページ)

「君主としての威厳は常に維持すべきであって,これはいかなる場合でも損なわれることがないようにしなければならない。」(177ページ)

「追従から身を守る唯一の方法は,他人が真実を自分に向かって述べたとしても感情を損なわないことを人々に理解させることであるが,しかし誰でもが真実を述べることが許されることになると,君主に対する尊敬が失われることになるからである。」(182ページ)

「決断したことは実行し,決定は断固として守ることが必要である。」(183ページ)

「運命が力を発揮するのはそれに抵抗できるような力が組織されていない場合であ(る)」(190ページ)

「時勢に自らの行動様式を順応させる君主は栄え,同じ理由から時勢に適応しない行動を執る者は不幸に陥ると思われる。」(191ページ)

「運命は変転する。人間が自らの行動様式に固執するならば運命と行動様式とが合致する場合成功し,合致しない場合失敗する。私の判断によれば慎重であるよりも果敢である方が好ましいようである。なぜならば運命は女神であり,それを支配しておこうとするならば打ちのめしたり突いたりする必要があるからである。運命の女神は冷静に事を運ぶ人よりも果敢な人によく従うようである。」(194ページ)
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