エッセイ集

□読書ノート
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『孫子』を読む・第1部(1)



ビル・ゲイツも愛読しているといわれる『孫子』を浅野裕一訳のもの(講談社学術文庫版・1997年)で読んでみました。

第1部は,人生訓的な使える言葉をピックアップしてみます(なお,機械的な問題から引用に係る漢字の表示ができないときは適宜同意の簡略な字体を用いています。)。

とはいえ,いきなり後ろ向きですが



『孫子』は,十万規模の大軍が敵国内に長駆侵入し,会戦で一挙に勝敗を決する戦争形態のみを想定する。(33頁)



という性質上,ビルゲイツのように世界を相手にしている人ならともかく,日常生活を営む者に使える記述となると案外少ないものです。



兵聞拙速,未睹巧久也。
――兵は拙速を聞くも,未だ巧久を睹ざるなり。
(30〜32頁)

兵貴勝,不貴久。
――兵は勝つを貴びて,久しきを貴ばず。
(38〜39頁)



孫子は,戦争ではすみやかな勝利をこそ最高と見なして,決して長期戦を高く評価したりはしません。
大規模戦争ですから,長引けば長引くほど,補給が必要になり,それだけではなく,本来生産をすべき一般の農民などを徴用して戦争をするため,国家としての生産量が減少し,国家の食糧事情が破綻することになるからです。

ビジネスなどの仕事の場でも,速やかな対応が要求されるところですが,同じ言うにしても,「兵は拙速を聞くも,未だ巧久を睹ざるなり。」とか,「兵は勝つを貴びて,久しきを貴ばず。」などというと何となく締まりがでます。



昔善戦者,先爲不可勝,以待敵之可勝。
――昔(いにし)えの善く戦う者は,先ず勝つ可からざるを為して,以て敵の勝つ可きを待つ。(58〜59頁)


「勝つ可からざる」とは,「自分が勝つことのできない」という意味ではなく,「相手が勝つことのできない」という意味で,「勝べ可からざるを為して」とは,「相手が勝つことのできないように自分の守備体制を固める」という意味です。
逆に,「敵の勝つ可き」とは,「敵が勝利すべき」という意味ではなく,「敵が態勢を崩すなどして,こちらが勝利することの可能な状態になる」ことを言います。
 孫子は,敵の状態に関する事象は自分では操作できないので,まず,自分でやることのできる守備固めに力を入れるように言うのです。
 因みに,クラウゼヴィッツが,「攻撃は攻略という積極目的を有する。そしてこの目的を達成するためには,攻撃は進んでさまざまな戦争手段を使用せねばならないから,従ってまた防御よりも遙かに大なる戦力を消費するわけである。(中略)防御という戦争形式はそれ自体としては攻撃という戦争形式よりも協力である。」語るのを聞くと,更に孫子の主張は,分かりやすくなります。
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