エッセイ集

□読書ノート
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《ニッコロ・マキアヴェッリ/佐々木毅全訳注『君主論』(1)》

マキアヴェッリは,日本語表記では,通常「マキャベリ」とされます。
所詮,日本語と他の言語とでは,音素が異なるのですから,イタリア語の音声を日本語で表記しようとすることに無理があるのではありますが,そもそも著者名の表記からして,訳をされた佐々木毅元東京大学長(ちなみに,「東京大学学長」という表記ではなく,「東京大学長」が正しい。)の個性が現れています。

そのせいか,訳にも癖があり,原文を読んでいないせいかも知れませんが,意味がとりづらいところが若干あります。

たとえば

「新しく成立した君主権には困難が伴っている。(中略)すなわち,この場合人々は自らの状況の改善を信じて支配者をかえたがり,このような考えから君主に対して武器を執るからである。しかし,彼らの判断は誤っており,状況がその後より悪化することを自ら体験によって知ることになるからである。」(34ページ)。

というところです。
引用部分の第3文は,「からである」と結ばれており,引用部分の第1文又は第2文の理由付けになる文に読めますが,意味が通じません。
どうやら,第3文前段と第3文後段とを分けた上,前段の「彼らの判断は誤っており」の理由付けが,後段の「状況がその後より悪化することを自ら体験によって知ることになる」であるようなのですが,これでは少し読み辛い。



内容自体は,著名な古典ですし,「性悪説を前提に読めば解釈が容易」なので,読み易く,何かの折に使えそうな箴言も多く,なぜ,今まで読まなかったのだろうと少し後悔しました。
案外,会社経営者や管理職には,古典に弱い人が案外おり,とりあえず,はったりをかます引用を探す古典として読むには良い本です。
いくつか引用し,論評してみます。



「人間は寵愛されるか,抹殺されるか,そのどちらかでなければならないということである。何故ならば,人間は些細な危害に対しては復讐するが,大きなそれに対しては,復讐できないからである。それゆえ,人に危害を加える場合には,復讐を恐れなくなって済むような仕方でしなければならない。」(38ページ〜39ページ)
→通俗的に「マキャベリの君主論」として抱くイメージにぴったりの文章。
 キラーフレーズとしての使い勝手を良くするなら
「寵愛するか抹殺するかのいずれかである。」
というところでしょうか。
死刑制度等を一般予防論的な観点から正当化する根源的な発想も,このようなところから出るのでしょう。

「戦争を避けるために混乱を放置すべきではなく,戦争は避けられないのであるから,先に延ばせばかえって自らにとって不利になるだけのことである。」(46ページないし47ページ)
→さしあたり,避けられない紛争に対しては早期の対処が必要ということでしょう。
 君主論の記述には,このような積極策を称揚するものが多く,営業職の人や,就活に奔走している学生の方などが読むと力が湧きそうです。

「完全に新しい君主権や君主,支配権について語るにあたって,私が偉大な例を持ち出すとしても決して驚くに当たらない。それというのも人間はほとんど常に他人の踏みしめた道を歩み,その行為に際して模倣するものであるからである。」(60ページ)
→後段なんかは,「学ぶことはまねることである」ということをおしゃれに言いたいときに使えそうです。

「人間の意志と幸運は双方とも非常に変わり易く,安定しないものである。」(68ページ)
→箴言敵で響きが良いことから引用したのですが,実際引用してみると使いどころが難しそうです。

「賢明な君主は市民達が常にどのような時勢の下でも,君主権と彼とが必要であると思うような方策を考案しなければならない。」(94ページ)
→飽くまで統治権の維持のための方策であるところが要点であると思います。
 定額給付金やら高速道路1000円やら,いろいろな連想が湧きます。

「傭兵隊と援軍とは無益で,危険である。」(略)「傭兵は相互に反目し合い,野心的で,軍律を欠き,忠誠心を持たず,その上味方の前では勇敢であるが的に対しては臆病で,神を畏れず,人間間の信義を守らないからである。」(略)「平時には彼らによって略奪され,戦時には敵によって略奪される事になる。その理由を考えてみるに,少々の給料のため以外に彼らが戦場に止まる愛着も理由もないからであり,この給料は君主のために命を捨てようと考えるのに充分なものではない。君主が戦争を行わない間のみ彼らは兵として仕えようとするが,いざ戦争になると逃亡するか,雲散霧消してしまうのである。」(106ページ)
「傭兵隊長は極めて有能であるかあるいはそうではない。もし傭兵隊長が有能であれば君主は彼を信用できない。なぜなら彼は自らの雇主である君主を圧迫したり,雇主の意図に反して他の者を圧迫したりして,常に自らの権力の強大化を目論むからである。他方もし彼が有能でなければ,その雇主は通常滅亡することになる。」(107ページ)
→長の引用となりましたが,「官僚機構」で使わさせていただきました。
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