エッセイ集

□読書ノート
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中山研一「『妨害型』危険運転致死傷罪の判例の検討」を読む(判例時報2041号3頁以下)



かなりマニアックな一般性のない論文についてのレビューであることをお断りします。



中山研一先生は、長く京都大学教授を勤められ、共同研究の取りまとめ等もされていることから、学問的な力はおありかと思うのですが、実際にお書きになったものを読んでも感銘を受けた記憶がありません。
この論文もその例を漏れないものです。

まず、興味を惹かれるのが、本論文を書こうと考えた動機です。

「最近、平成21年3月9日の大阪地裁判決は、この『妨害型』危険運転致死傷罪について、有罪判決を加えることになった。この事件については、私自身も弁護団に加わって裁判所の審理に直接参加した(中略)。この大阪地裁の有罪判決は確定したのではなく、被告弁護団から直ちに控訴の手続がとられたので、控訴審へと審理が継続して行くことになる(中略)。」(3頁)

つまり、自分が刑事弁護をしている手持ち事件の控訴審対策で書いている訳です。
判例時報は、法律実務家には、大変メジャーな雑誌であることから、控訴審の担当裁判官も当然目を通します。
そこで、論文の体裁をとって担当裁判官に働きかけるわけです。
また、法律実務家の世界の中で、特定の解釈が正しいとの世論を喚起することを試みるとの意味合いもあります。

訴訟のための工作ということで、京大名誉教授という割には少し品がない論文ということになりますが、問題は、中身であり、そこには目をつぶり読み進めていきます。
このような発想の人が少なくないので、裁判対策の一種政治的な手法は、無意味ではなくなるのですが…。

さて、本文の構成は、(1)4件の「妨害型」危険運転致死傷事件の裁判例を検討した後、(2) それらの裁判例との比較を問題となっている大阪地判の判示を検討するというものです。

最初の4件の裁判例の分析は、取り立てるほどのものではなく、こんな裁判例があるという知識を得られるという位の内容です。

本論は、引き続く大阪地判の検討です。

中山研一先生も
「以上のような『妨害型』の判例の事案、とくに「著しく接近させた」類型の事案と比較した場合、本件には、共通点よりも、むしろ、量的のみならず質的ともいえる相違点があることに注目しなければならない。」(15頁)
と意気込みます。

しかし、意気込んだ割には…という気がしなくもありません。

まず、最初の相違点として
「神戸事件を除けば、その他の三事件は、いずれも自車と他車との間に先行するトラブルが存在し(たとえば暴行、意識的な追い越しなど)、それが契機となっている。しかし、本件だけは、被告人車と原付との間には事前の何らの関係もなく、見知らぬ先行原付きの後を走行しただけであって」(15頁)云々
と述べるのですが、重大な相違点だと中山先生が主張する事件前の被害者とのトラブル等の有無は、この種事件における事実認定上の一般的な意味はなく(前後関係の状況に関する供述の信用性が個別具体的な事件について問題となる場合もありますが、危険運転過失致死傷罪の一般論を述べるこの論文では問題となる余地がありません)、また、法律適用上の意味があるとも思えません。
むしろ、落ち度のない(又は軽い)被害者に対する犯行という点では、ほかの例より悪質です。

続けて
「前記4事件では、相手車両及びその他の車両との接触・衝突という事実から人の死傷の結果が出ているのに対して、本件では相手方車両との接触・衝突という事実はまったくなく、単に被告人車の近くを走行していた原付が、縁石に衝突して転倒したというもので、自損事故の合理的可能性を否定しきれない点で、前述の四事件とは事故の構造が質的に異なっている。」
とする点については、他の証拠関係をまったく捨象すれば、可能性としては自損事故の余地はあるのでしょう。
しかしながら、これは本論文で問題としているはずの危険運転致死傷罪の成立一般に関して問題となるものではありません。たとえば、自動車運転過失致死傷罪の成否という場合でも問題となりうるものです。

最後に
「行為態様においても、「著しい接近」が先行車を後方から追い上げるという類型と、側面から接近するという類型に分けることができるが、一般には、後方からの追い上げの方が速度の競り合いという点も含めて、危険行為からの回避手段が狭く、事故に至る可能性が高いのに照らして、(引用者注:本件事案のような)側面からの接近という場合には、速度を競って追い詰められるという危機感は相対的に緩和され、危機状態からの回避手段にも幅がありうるということができるであろう。」
というのですが、敢えて書くのも恥ずかしいですけれども、アクション映画のカーチェイスの場面を想像すれば分かるとおり、側面からの幅寄せの方が「危機感が緩和される」などということはありえませんし、むしろ、後方からの追突であれば、過失による速度の出しすぎの余地もあるのに対し、側面からの幅寄せは意図的にやらなければ状況としてなりえないのですから、危険な行為を意図的にやったとの認定が容易になるように思われます。

以上、書いてあることの内容は、論文の主題であるはずの危険運転致死傷罪の事実認定の一般的な問題を論ずるようなものではなく、また、内容的にも洗練されているものではなく、よくこんな論文を出したなあと思うのですが。
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