法律

□諸法
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「法律全体に対する違憲主張」



問 ある法規の適用される法律関係の違憲性を主張するのに,その法規の属する法律中の当該法律関係と直接関係のない法規またはその法律全体の違憲性を主張することはできるか。



答 ある法律関係が違憲であるか否かは,これに適用される当該法規が違憲か否かの判断に即すべきものであって,そのらち外で当該法律関係に何ら関係のない法規の憲法上の効力を問題し,あるいは,それらの法規の属する法律全体の適法性に論及して当該法律関係の違憲無効を主張することは許されない。
〔検討〕
1 最高裁判例
 最高裁判所大法廷判決昭和35年2月10日民集14巻2号137頁は
「ある法律関係の違憲であるか否かはこれに適用される当該法規の違憲なりや否やの判断に即すべきものであり,その埒外において当該法律関係に何ら関係のない法規の憲法上の効力を云為し,あるいは,それらの法規の属する法律全体の違憲性に論及して当該法律関係の違憲無効を主張するが如きは上告理由として許されない」
としている。
 最高裁判例は,消極的にも読めるが,あくまでも上告理由としての適否について判断しているものに過ぎず,一般的に,法律全体の意見の主張をなしうるか否かについて判示しているものではない(芦部信喜『憲法訴訟の理論』169頁)。
2 調査官解説(『最高裁判例解説民事篇(昭和35年度)』〔倉田〕22頁以下。以下頁数のみの表示は前記文献のもの)
 同解説は,借地たる農地につき農地法3条の県知事の許可を得ないまま更新拒絶をした地主が農地の明け渡しを求めるため,農地法3条の違憲無効を主張した前記35年最判に関し
「個々の条文の違憲性を離れて,ある法律全体の違憲性ということが考えられるとすれば,それは,その律法の各条文の適用されるすべての法律関係に違憲のかげを落す」(27頁)
とするものの
「しかし,本件での問題である知事の許可不許可は農地法20条のみに基づくのであるから,農地法全体が違憲であるとしても,それが本件に影響を及ぼすのは同法20条を通じてであり,それに止まる。同条【略】をその一部とする背後にある農地法全体というものも,結局本件に間接の影響しかないのである。」(27頁)
とした上続けて
「具体的事件における主張としては,【当該事件に適用された】条文の違憲性を主張しうるのみであり,法律そのものの違憲性もその条文の違憲性の主張を通じてのみ意味を持つ。その他の違憲性は事件に対して直接の意義を有しない。判旨の言うのはそういうことであろうと思われる。」(27頁)
として,前記の35年最判が単に上告理由としての適否のみを論じたのではなく,法律全体の違憲主張の可否という広い議論から答えを出したものとみる。
 なお,調査官解説は,その理論的説明に関し
「これは,警察予備隊設置行為の無効確認の訴に対し「最高裁判所は,具体的事件を離れて抽象的に法律・命令等が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有するものではない。」とした最高裁判決(昭和27年10月8日大法廷判決民集6巻9号783頁)が,いわゆる事件性の契機において捉えられるのとは全く違った意味で,しかしやはり一種の事件性の問題として,理解することができよう。抽象的な法規を具体的な争訟事件に構成する必要性は【略】本来は訴の利益の問題であると思われる。これをかりに具体的事件性と表現するとすれば,本件のような意味での「当該法規の違憲なりや否やの判断に即すべき」必要性もやはり訴の利益の平面に存する問題であって,これを直接的事件性と表現して右と区別することもできようか。」
とした上,続けて
「この訴の利益の契機を「上告理由」の点から捉えたのが「上告理由として許されない云々」という本判決の表現である。」
として,改めて法律全体の違憲性の主張それ自体が失当であるとの判断を前提に,上告理由として認められないと述べたのが,35年最判であると説明する。
3 芦部信喜(同『憲法訴訟の理論』169頁以下頁数のみの表示は前記文献のもの)
(1)倉田調査官解説に対する批判
 芦部は
「問題は,ある具体的事件に適用される法規の違憲性を攻撃する場合に,その法規の属する法律中の他の法規,とくに法律全体の違憲性に論及することが,絶対に許されないか否かにある。」(169頁)
とした上,倉田調査官解説が前記のとおり,35年最判について,該主張それ自体が許されないものとして捉える点について次のように批判する。
(A)「この判例の趣旨が,そのような事件性の法理を明らかにしたものだとしても,そこから直ちに,憲法訴訟において法律全体の違憲性の主張は許されないという一般原則が,みちびき出されるわけではない。」(170頁)
(B)「かつて最高裁は,食料管理法9条・31条【に関して】同法が「国民全般の福祉のため,能う限りその生活条件を安定せしめるための法律であって,まさに憲法25条の趣旨に適合する律法である」と実体判断し,「されば,同法を捉えて違憲無効であるとする論旨は,この点においても誤りである」と判示している【略】(昭和23・9・29大法廷,刑集2巻10号1235頁)(170頁)
 その上で,「法令全体の意見性の主張が許される,つぎのような場合があると考える」(170頁)と論じる。
(2)法令全体の違憲主張ができる場合
 芦部は,法令全体の違憲主張ができる場合として,次のよう場合を挙げる。
[T]「ある法律関係に適用される法規(適用条項)の属する法律全体が立法権の管轄外の事項だという疑いがきわめて濃い場合」(171頁)
 このような「事件では,適用条項の違憲性は当該法律そのものの違憲性に由来し,いわばそれと密接不可分の関係にあると見るべきであるから」である。
 なお,倉田解説は,「今かりに軍隊設置法という法律が公布施行されたと仮定しよう。徴兵とか検閲とか無制限の土地収用とかが規定されていたとして,その条文の個々が違憲である飲みではなく,軍隊設置法そのものも違憲というべきであろう。」(倉田解説27頁)という例を挙げた上で,この場合であっても,法律全体の違憲主張はできないとする。
[U]「法律中の合憲的部分と違憲的部分が相互に密接に関連し依存し合っており,立法者はそれを一体的なものとして意図したであろう(したがって,違憲的部分を実施できないとすれば,残りの部分を独立に可決することはなかったであろう)と考えられる場合」(171頁)
 なお,芦部のいう[U]のような考え方は,アメリカの憲法判例で発達した「可分性(separability) の理論」にあたる(172頁)。
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