雅次×竜二

宣誓
1ページ/3ページ

春の麗らかな光が差し込む南向きに窓がある病室から、川沿いに並んだ満開の桜並木が一望できる。
そんな眺望のいい窓からの景色を見つめながら、詰襟の学制服を着た黒縁眼鏡の少年は、母親たちの会話を、先程からおとなしく聞いている。
少年と母親は、同じ一族のある女性の出産祝いに、この病室を訪れていた。
彼女が生んだのは、女児であったが、本家筋の子供であり、分家の方から、祝いの挨拶に出向くのは、暗黙の了解になっている。
だが、少年の父は、遠方に出張しており、後一月は帰ってこない。
そのため挨拶は、母親が行くことになったのだが、本家に出向くのは敷居が高く、億劫に思った母親は、病院へ見舞うことにしたのだ。
ちょうど少年の通う学校は、今日は始業式で、昼から学校が休みだったため、母親に一緒に来るようせがまれ、今、彼はここに立っている。
母親達が交わす世間話を理解出来てはいたが、わざわざ子供の自分がしゃしゃり出て会話に加わるものではないと彼はわかっているため、ずっと口をつぐんでいた。

「…さん、とても幸せそうね」

取り留めもなく、窓の外に視線を投げ掛けていた少年は、母親の社交辞令では無い、心からの言葉に、彼もまた小さくうなずいた。
白いレースが可愛らしくついたベビー服姿の赤ん坊を腕に抱く女性からは、幸福の象徴というべき、幸せそうな空気が漂っている。

「ありがとう…ほんまに今幸せなんよ」

美人だが、気の強そうな印象を与える凛とした瞳を持つ女性は、その瞳を伏せて慈愛に満ちた微笑みを見せた。

「ゆらは、うちが初めて、生みたいと思って生んだ子供やもの…」

そして、彼女が続けた言葉に、自分の隣に立つ母親が、小さく息を飲んだのを、少年は聞いた。

「…り、竜二さんも、初めての妹さんに大喜びでしょうね」

「あの子の名前を出さんといてっ!」

気まずい空気に、咄嗟に、少年の母親は話題を変えようとしたが、女性は、今までの空気をがらり、と変え、そう厳しい声音で叫んだ。

「あの子は、花開院のもんや。もううちの子やない…」

我が子をぎゅっと抱き、彼女は、退廃的な瞳で自分に言い聞かせるように呟く。
そして顔を上げるなり、ふわり、と綺麗に微笑んだ。

「…いきなり怒鳴ったりして堪忍え。でもお願いやから、もううちの前で、あの子の名前、出さんといてくれる? うちね、あの子を捨てたんよ。」

ひどくあっさり、彼女は残酷な言葉を口にする。

「どうせあの子も、またうちより先に逝ってしまうんや…そんな子を、どうやって愛したらええか、もうわからんようになってしもたんよ」

彼女の顔には、罪悪感は微塵もなかった。
そこには、何かしがらみから解放された時のような、満足げな微笑みがあった。

「そやから、雅次さんも…お願いね?」

急に名前を呼ばれた少年は、喉の渇きを感じながら、口を開く。








「はい…」






◆◆◆◆◆


波一つ無い水面は、まるで鏡のように、空の碧さをそのまま映し、碧く、そこに存在している。
池の傍らには、樹齢が優に一世紀は越えたと思われる桜の大木が、堂々とそびえ立ち、薄桃色の花を、枝が重たそうな程に咲かせている。
枝に付いたすべての花を咲かせ、後はもう散るのを待つだけの満開の桜は、風もないのに花びらを散らせ、その一部が、池に浮いた。
此処は、本家の敷地内であるが、本家の人間にもあまり知られていない場所にある。
そこは、水の式神を使役するある少年の修行の場所だった。
それを知っていて、だからこそ、この場に来た雅次は、桜の幹に体を隠し、気配を決して、池の方へ視線を向けた。
雅次は、あれから母親と別れ、家に帰らず、学生服のまま、此処に来ていた。
池のほとりには、白い狩り衣を着た背の低い少年が、池を見つめている。
本当に小さな、頼りないその背中を見つめながら、雅次は、つい先程までの出来事を思い出し、幹に当てた腕に額を押し当て、辛そうに顔を歪めた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ