雅次×竜二

虚站
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ぱしゃん、と水音がした途端、薄いレンズに水滴がつく。

「……竜二」

顔に湯を掛けられた雅次は、自分に湯を掛けたであろう男が浸かる浴槽の方へ顔を向けた。

「散々、オレの身体で好き勝手やりやがって。その満足そうなツラ、ムカつくんだよ」

浴槽では、乳白色の湯に腰辺りまで浸かった痩身の男が、水鉄砲の形に両手を組んだまま、雅次を睨んでいる。
対する雅次は、まだスーツの上着だけを脱いだ姿で、ネクタイは結ばれたままであり、濡れないように左肩に掛けている。
また、綺麗にプレスされたズボンの裾は、足首まで折られ、白いワイシャツの袖も何回か折られていた。
雅次の姿に、竜二の機嫌はますます悪くなる。
竜二は、本家に帰る道中、愛車に乗った雅次に、半分、誘拐されるような形で福寿の屋敷に連行され、雅次の部屋で着物を剥かれ、思う様身体を蹂躙されたのだ。
情事中、竜二は全裸だったのに対し、雅次は、今の格好とさほど変わらなかった。

「ただ脱ぐ間を惜しんだだけだよ」

久しぶりに竜二の身体を堪能できた上、世話まで出来て上機嫌なところに、竜二が水鉄砲という可愛らしい行動に出たため、雅次の機嫌は竜二と逆に鰻登りに良くなり、腕を伸ばして竜二の水気を吸った前髪を掻き上げ、額に口付け、頬へも口付ける。
竜二は邪険そうに顔を背けるが、雅次は、彼の顎を軽く掴んで自分の方へ向かせ、竜二の唇にも口付けた。

「……いい加減、そのだらしのない顔をやめろ」

弛みきった雅次の顔に苛立った竜二は、彼の頬を軽く摘む。

「…今、私はそんな顔をしているのか?」

竜二の言葉に、雅次は心底意外そうな顔をした。

「……」

その顔を見た竜二は、押し黙った後、彼の頬を摘んでいた手を外し、今度は両手で雅次のワイシャツを掴む。

「ああ、だらけきってみっともない顔だ。…出張先で何かいい事でもあったか?」

今すぐこのシャツを引き裂いてやろうかと虎視眈々と思いながら、竜二は雅次を視線だけ上向け見上げる。

「いや?…毎度のことながら、儀式の前の潔斎はストレスが蓄まる一方で、いい事なんて一つもなかったよ」

むしろ帰ってからの方がいい事づくめだったと思いながら、雅次は自分を見上げてくる竜二の目蓋に唇で触れた。

「潔斎…ねぇ」

胡散臭そうな竜二の眼差しに、雅次は、満面の微笑みを見せる。

「言っておくが、私は潔白だよ。…さっき、この口で味合わせてあげただろう?」

「!」

親指の腹で唇を撫でられたのと同時に、甘く響く声で耳朶を震わすように囁かれ、竜二は目を見開く。
それに少し遅れて彼は、雅次の手を叩き落とした。

「ちっ…」

その後、何か罵りの言葉を、と竜二は思うが、何も浮かんでこないため、悔しげに舌打ちする。

「…いい事がまた一つ増えたよ」

竜二の様子に、雅次は、ふわりと嬉しそうに微笑む。
そんな彼に、竜二は何かを言い掛けるが、一瞬、目の前が暗くなり、身体が後ろに傾ぐ。
竜二が浴槽の縁を掴む前に、雅次は、自分のシャツが濡れるのも構わず、竜二の腕を引っ張り、彼を抱き起こした。

「のぼせた…」

少し呆然とした声で呟いた竜二は、抱き寄せられた雅次の胸に額を付ける。

「そのようだな…自分で上がれるか?」

小柄な竜二を抱き上げることは容易なことだが、雅次はそう彼の耳元で尋ねる。

「ああ…」

それに返事を返した竜二は、一度首を左右に振ってから、雅次に手を引かれ、浴槽から出た。
バスタオルを取るために背を向けた雅次の背中をぼんやりと見ていた竜二は、おもむろにシャワーを手に取る。
そして雅次の手を振りほどくなり、シャワーから湯を出し、雅次の背中に浴びせかけた。
シャワーの温度は、あらかじめ適温に設定されていたため、冷たいわけでも、熱すぎるわけでも無かったが、雅次が驚くには十分で、彼は竜二を振り返り、竜二の手からシャワーを奪う。

「風呂場に服着て入ってる奴が悪りぃんだよ」

雅次が何かを言う前に、竜二は自分は悪くないと言わんばかりに吐き捨てる。

「脱げよ、雅次。」

勝手なことを言う竜二に、雅次は少々呆れたが、その後に続けられた言葉に、彼の意図を悟り、唇の端を持ち上げて笑った雅次は、シャワーを止めて壁に掛けた。
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