雅次×竜二

笈ァ瀬
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薄暗い地下駐車場に、レグサスISが停車している。
シルバーのボディの中にいる男は、黒のトレンチコートを着た背中を、漆黒の本革のシートに預け、カーナビの液晶画面を眺めている。
待ち人を待つための暇つぶしとして、ワンセグを視聴していた彼は、ふと、ノンフレームの眼鏡を掛けた瞳を興味深げに細めた。

「…最近の女性は大胆だな」

微かに笑みを含ませた唇で、彼がそんな独り言を漏らした時、彼の左側にある助手席のドアが開いた。
そして、勝手に助手席に乗り込んで来た男は、高級車への気後れもなく、乱暴な手つきでドアを閉める。

「怪我は?」

それに嫌な顔もせず、雅次は手を伸ばしてカーナビを操作し、画面を地図に切り替えながら尋ねた。

「……」

雅次の問いに返事を返す声は無く、オレがそんなヘマをするかよ、と言いたげな目が雅次を見ている。
竜二の可愛げの無い態度は、通常通りのもので、怪我の心配はないと判断した雅次は、竜二の方へ身を乗り出す。
唇が重なりそうなぐらいに竜二と顔を近付けた雅次は、彼には触れずに、助手席側のシートベルトを掴み、それを引っ張ってシートベルトを締めた。
その間、竜二は身動ぎ一つせず、平然としている。
それは、雅次を意識していないからというわけではなく、気を許してるからだと雅次は知っている。

「竜二」

雅次が少し声音を変えて竜二の耳元で彼の名を呼べば、竜二は少し面倒臭そうに片眉を上げたが、顔を仰向け、自分から雅次に口付けた。
それは、ほんの少し触れる程度だったが、雅次はそれ以上の触れ合いは求めず、また再び運転席に座り直し、車を発進させる。

「…これからどこに行くつもりだ?」

着物の袖を捲り、二の腕で縛られている手甲の紐を解きながら竜二は、この後の行き先を問う。

「叶祥寿亭に予約を入れてある」

一見様、お断わりであり、この京都でも格式高さで有名な料亭の名前を、雅次はさらりと口にした。
叶祥寿亭は、花美小路から少し入った所にあり、進行方向の右側を流れている鴨川を越えなければ辿り着けない。
だが雅次は、鴨川に架かる四条大橋を目前にして、左折した。
そして左折してすぐにある、鷹島屋の立体駐車場に車を止めた。

「すまないが竜二。ここに用事があるんだ。すぐに済ませてくるから、待っていてくれないか?」

そう言った雅次は、もうすでに運転席のシートベルトを外している。

「…早くしろよ?」

ひどく迷惑そうな顔をした竜二は、それだけを口にするなり、腕を組んで目を閉じ、寝る体勢をとる。
それを見た雅次は、コートを脱ぎ、それを竜二に掛けた。
竜二が再び目を開けた時、ちょうど雅次が青い薔薇がデザインされた鷹島屋オリジナルの紙袋を持って運転席に乗り込んで来た。

「起こしたか?」

瞳を開けながらも、どこか惚けたような表情でいる竜二に気付いた雅次は、紙袋を後部座席に置いた後、彼の頬に触れる。

「いや…」

雅次の問い掛けに、一度瞬きをした後、短く否定を示した竜二は、雅次にコートを突っ返す。

「偶然、目が覚めた」

まだ眠気が取れないのか、竜二は指で眉間を揉む。

「…今日は酒は控えめにした方がいいな」

その様子に、ふっと笑みを溢した雅次は、コートに袖を通し、そして車のエンジンをかけた。
車は、立体駐車場を抜け、また道路へ戻り、今度は右折した。
遠めに、朱で塗られた鳥居と神殿がライトアップされた八盛神社が構えているのが正面に見える。
四条大橋を渡れば、右手には、屋根に松竹の定紋を掲げた絢爛豪華な造りの南座が構えており、それを通り過ぎれば、丸い提灯が軒下に連なる、主に観光客向けのアーケード街が、左右に立ち並ぶ。
そのアーケードが一度途切れる場所に、花美小路の入り口があった。
花美小路は、四条通を南北に貫いており、雅次は、南へと曲がる。
すると、趣のある二階建の町屋が、厳かに軒を連ねている小路へ入り、途端に道幅が狭くなるが、レグサスISは、レグサスブランドの中でも小型の分類に入るため、難なくその道を通過する。
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