雅次×竜二

給、犯
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細い竹で編まれた敷物が床一面に敷かれ、涼しげな印象を与える客間の中に、見るからに高級とわかる杉の木の一枚板で造られた座卓が一脚置かれてある。
年輪が深く刻まれた机の上には、墨が擦られた硯(すずり)が置いてあり、筆にたっぷりと墨を吸わせた筆で、雅次は、短冊に流麗な字をしたためる。
何枚か護符を書き終えたところで、襖(ふすま)越しに人の気配を感じ取った彼は、一度手を止め、ノンフレームの眼鏡をかけた瞳をそちらへ向けた。

「雅次様、本家の竜二と名乗られる方がいらっしゃっています」

それから少し遅れて聞こえた家人の声に、雅次がこの部屋に通すように命じれば、しばらくして、竜二が姿を見せる。
濃藍色の絽(ろ)の着流しの上に、同色の羽織を着た彼は、普段は無造作に跳ねさせた黒髪を、整髪料で後ろに撫で付けており、その風格ある出で立ちは、老舗の若旦那を思わせる。
竜二をこの部屋まで案内した家人は、彼の醸し出す雰囲気に圧倒されており、しかも、今目の前にいる男は“噂”で聞いていた竜二とは明らかに違うため、あからさまに戸惑っていた。
それに気付いた雅次は、その家人を下がらせ、竜二と、客間に二人だけになる。

「…浅ましいな」

先程の家人の様子を見ても、竜二がここ福寿流の屋敷の門をくぐってから、この家の者達の視線を一身に浴びたであろうことは容易に想像でき、真新しい白い足袋を履いた竜二の足の爪先から、頭の先まで見上げた雅次は、そんな評価を下した。

「おいおい、開口一番がソレかよ」

相変わらずな雅次の態度に、竜二は苦笑いを見せながらも特に気にした風でもなく、雅次と机を挟んだ向かい側に正座する。

「勘ぐりすぎだ、雅次。この格好は、さっき済ませてきた用事に必要だっただけで、ここの奴らを誑かすためのものじゃない」

そう付け加えた竜二は帯に挿した扇子を手に持ち、それを開いて己をあおぐ。

「…どうだかな。お前は信用できない男だと秋房が言っていたよ」

「……」

雅次の言葉に、扇子をあおぐ手を止めた竜二は、その名前を出すなとばかりに雅次を睨んだ。
その視線を軽く受け流した雅次は、立ち上がり、縁側へ続く障子を開け放つ。
すると梅雨明けのからりとした空気と風が、部屋に入り込んだ。
庭には初夏の陽射しが、さんさんと照りつけているが、障子が開けられ、風が通るようになった室内は、涼しい空気で満ちる。

「…あの後、一週間も寝込んだ病み上がりが出歩く時間帯ではないな。熱で頭がイカレタか?」

障子に手を添え、雅次は竜二の方へ首を向け、呆れた口調で尋ねる。

「今日の夕方は、雨が降るからな、降り出す前に、用事を全て済ませてしまおうと思ったんだ」

そう口にして、竜二はぱちん、と音を鳴らして扇子を畳んだ。

「雨が降るのか?」

空を見上げれば、雲一つ無い青い夏空が広がっており、とても雨が降りそうに見えない。
だが、水を扱う術者だからか、そんな予知が出来るのかもしれないと雅次は思い直す。

「ああ、テレビの天気予報で言っていた」

「……」

手持ちぶさたに、扇子を閉じたり開いたりしていた竜二の言葉に、雅次は何も言わずに、先程座っていた場所へ戻り、腰を落ち着けた。

「私に用があって来たんだろう?」

そしてなかなか竜二が用件を言いださないため、雅次から切り出すことにした。

「ああ、そうだった。お前に礼を言いに来たんだった」

扇子を自分の肩に当てた竜二は、わざとらしい口振りでそんなことを口にした。
そして、にっこり、と彼らしからぬ微笑みを見せる。

「オレは気を失っていたから知らんが、雅次、お前、そんな状態のオレを、わざわざ抱いて屋敷まで連れて帰ってきてくれたそうだな。今、屋敷中、その話題で持ちきりになっていてな、いい迷惑してるんだ」

とんとん、と自分の肩を叩きながらその笑顔のまま、竜二は一気に話した。
彼の声は、トゲトゲしく、底知れぬ怒りを孕んでいるが、雅次は冷静な顔をしている。

「…お前に、そんなことを気にする神経が備わっていたとは思わなかったよ」

雅次が心底意外そうにそう口にしたなり、ひゅんっと空気を鳴らし、まるで突き刺さんとばかりに閉じたままの扇子が一直線に彼の顔面に向かって飛んでくる。
雅次はそれを寸でのところで片手で掴み、止めた。
それを見た竜二は、ちっと舌打ちし、不貞腐れたように机に片手で頬杖をついた。
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