雅次×竜二


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障子は無惨に破れ、木枠が剥き出しになっており、床は木が腐り、所々抜け落ち、床下に生えた夏草が顔を覗かせている。
また、天井には穴があいているのか、一定の間隔をあけて、水滴が落ちてきていた。
人が住まなくなってだいぶ時が経つと思われる荒廃した大きな屋敷のある一室に、二人の男が居る。
一人の男は、着流しの上に、黒い外套を羽織った姿で床に膝を付き、うなだれ、苦しげな呼吸を繰り返している。
手甲をはめた手で、自分の着物の胸倉を掴んでいる彼の指先は、白く色を無くしており、その苦しさを物語っている。
そんな彼の周りを、琥珀色をした半透明の壁が、四角く取り囲んでいた。

「苦しそうだな」

少しでも酸素を得ようと肩で息をする彼に声を掛けるのは、漆黒の着流しに白い羽織を羽織った男で、癖のある髪を短く切った髪型の彼は、ノンフレームの眼鏡をかけた瞳で、己が作り出した結界の中に閉じ込めた彼を見下ろしている。
床に膝をつき、喘ぐような呼吸をしていた竜二は、その声に少しだけ顔を上げ、雅次を睨み付けた。

「そんな状態で威嚇したって無意味なんだよ。今のお前は無能以外なにものでもない」

雅次は、右手の中指で眼鏡を上げ、いやに冷静な口調で竜二を牽制する。

「うるせぇ…黙れ」

それに竜二は、擦れた声で言い返すが、体力の限界にきているのか、顔をつらそうに歪めた後、力なく頭を垂れた。
普段から雅次は、自分よりも背の低い竜二を見下ろしてはいるが、竜二が床に膝をつき、うなだれている今では、いつも以上に外套の襟からうなじが覗いており、自然とそちらに視線がいく。
竜二は、尊大な態度を取る男だが、視界に入る無駄な肉のついていない背中は、脆弱そうに見えた。
こんなにもこの男は小さかっただろうかと、落胆にも似た思いを雅次は胸に抱く。
雅次にとって、“本家の男子”である竜二は、生まれた時から、競い勝たなければならない存在だった。
越えるのは容易ではない壁だと思っていたのだが…。

「秋房の気がしれない」

雅次がぽつり、と零した独り言を聞き取ったのか、竜二は鋭い眼差しで雅次を睨み付けてきた。

「秋房を…呼んだ…のか?」

今にも噛み付かれそうな程の剣幕で、竜二は問うてくる。

「呼んだよ。…だからもうどうあがいたって無駄なんだよ。お前はここからは抜け出せない。…秋房が来るまで、せいぜい命乞いをする練習でもしてればいい」

雅次が冷たく言い捨てれば、竜二は悔しげに奥歯を噛んだ。

「殺してやる…」

だが、それでも彼は、忌々しげに呪咀を吐く。
ぎり、と床に爪をたてた竜二の全身が、秋房の助けを拒絶していた。


◆◆◆◆◆


「竜二っ!」

それからしばらくして、雅次の、竜二のものでもない声が空気を震わす。
そのすぐ後に乱暴に障子を開け、中へ入ってきたのは、全身ずぶ濡れ状態の秋房で、彼は土砂降りの中を必死に走ってきたのか、肩で荒い呼吸をしている。

「雅次…」

部屋に飛び込んだなり、床に倒れた竜二を視界に入れた秋房は、突き刺すような殺気を雅次に向けた。

「後一歩、遅かったな」

いまだ竜二を結界で囲ったままの雅次は、もたれかかっていた柱から背を離す。

「っ…」

雅次の言葉に、秋房は、手が白く変色するぐらいに強く、手にしていた刀の柄を握り締め、そしてその切っ先を、迷うことなく雅次の方へ向けた。

「…冗談だ。気を失っているだけでまだ死んでない。…助けたいなら、さっさと早くこの屋敷に充満してる瘴気を祓うんだな」

刃を向けられても雅次は、少し眉を潜めただけで、怯みもしない。
それどころか尊大な態度で秋房に命じた。

「瘴気…?」

言われてみて初めて、秋房はこの屋敷に漂っている穢れた空気に気付く。

「妖は滅したが、滅せられる寸前に瘴気を撒き散らしたんだよ。これぐらいの濃度なら、私やお前なら問題はないが…」

そう言葉を切った後、雅次は、床に倒れている竜二へ視線をやる。
秋房もまた、そちらへ視線を向けた。
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