雅次×竜二

給t襲
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時刻は、丑三つ時。
深夜零時を過ぎ、尚一層闇が深まる時間帯に、塀の上に、人影があった。
広大な屋敷の見回りをしていた使用人の男は、その人影を見付けたなり、小さな悲鳴を上げる。
月に厚い雲が覆いかぶさっているため、侵入者の全貌は見えない。
だが、その人影は、明らかに人の形をしており、このまま見過ごすわけにはいかなかった。
追い払うなり、警察に通報するなり、しなければならないのだが、相手の姿がまったくわからないこの距離ではどうしようもなく、使用人は、恐る恐る足を踏み出す。
使用人の、懐中電灯を持つ手が震えた。
彼が、必死の思いで塀にたどり着いたところで、月を覆っていた雲が流れた。
望月の月明かりが、途端に周囲を照らす。
使用人が見上げた塀の上には、どうやって上がったのか、下駄を履いた男が一人立っていた。
着流しの上に、黒い外套を羽織っている黒髪の男は、自分の方へ近づいてくる懐中電灯の灯りに気付いていたのだろう、特に慌てた様子もない。

「そ、そこで何をしている…!」

使用人の怯えきった声に、男は、口の端を吊り上げ、笑った。

「雅次は、帰っているか?」

使用人の問いに答えるどころか、男は、不遜な様子で問い返す。
男が口にした人物名に、使用人は心当たりがあったが、どう返答しようか迷う。
“雅次”は、ここ福寿邸の当主の息子の名である。
彼は、二週間、遠方に出張に出掛けており、昨日の夕方に帰ってきていた。
ひどく疲れた様子で帰ってきた雅次は、夕食もとらずに、風呂場に向かった後、自室に籠もっている。
男は、偶然、風呂場から出て来た雅次と廊下で会っており、雅次が帰ってきていることを知っていた。

「…いるんだな」

なかなか返事を返さない使用人に痺れを切らした男は、そう低く口にしたなり、その場から跳んだ。
実に軽やかに、下駄を履いた足で着地した男は、屋敷の方へ歩いて行こうとする。
呆然とその様を見ていた使用人は、はっと我に返る。

「まっ…」

使用人は、待て、と叫ぼうとしたが、急に男が使用人を振り返ったため、使用人の声は、喉の奥に消える。
以外にも、男は小さかった。
しかし、その身体から発せられる威圧感は、彼よりも背丈も体格も上回る使用人の言葉を奪うには十分だった。
月光を浴び、金に似た光を放つ瞳が、使用人を見据えている。

「…お前、本家の花開院竜二という名に聞き覚えはないか?」

その瞳を、すっと細めたなり、男は、再び、問いを口にした。
男が口にした名前は、使用人の頭に記憶されており、まさか、と使用人は思う。

「貴方様が…?」

あまりに格が違い過ぎる人物の名に、恐々と使用人が尋ねれば、男は、うっすらと笑んだ。

「し、失礼しましたっ!」

その笑みは、明らかに肯定を表しており、使用人は、姿勢を正し、慌てて頭を下げる。

「あ、あの…それならば…どういったご用件で…おみえになられたのでしょうか…?」

男の素性はわかった。しかし、それならば何故、堂々と正面から入ってこないのか。
そんな疑問に負け、使用人が顔を上げつつ、そう尋ねれば、何故、お前に言わなければならない、と言いたげな不機嫌そうな顔がそこにあった。

「用件…か」

男の表情に、肝を冷やした使用人は、また謝ろうとしたが、男の呟きに、顔を上げる。
そして目に入った、男の笑みに、使用人の下半身が、ずくり、と疼いた。
男は、女顔ではない、しかし、彼が見せ笑みは、妖しくも艶やかで、男を魅了するものだった。


◆◆◆◆◆


忍び込んだ部屋には、一切の灯りは無かったが、夜目に慣れた竜二は、家具に体をぶつけることなく、ベッドの前までたどり着く。
そして立ったままベッドを覗き込み、目的の人物の寝顔を確認したなり、竜二は、外套を脱いだ。
竜二が脱いだのは、外套だけではなく、彼の手は帯にかかる。
衣擦れの音をさせながら帯をほどいた彼は、今度は着物を脱いだ。
肌の色が透けそうな程に薄い襦袢姿になった竜二は、ベッドに上がり、いまだ眠り続けている雅次の腰の辺りに跨がった。
寝息すらたてず、仰向けに寝ている雅次の寝顔は穏やかで、竜二はしばらく、彼の寝顔を見つめ続ける。
綺麗に整った顔というのは、見ていて飽きない。
しかし、竜二は、雅次の寝顔を堪能するために、ここへ来たのではなかった。
雅次が着ている浴衣の胸元をはだけさせ、竜二は、彼の胸板に口付ける。
そして吸おうとしたところで、彼は、頭の上に置かれた手に気付いた。

「起きたのか」

つまらないと言いたげな竜二の声音に、苦笑を漏らした雅次は、竜二を抱いて上体を起こす。
そしてベッドサイドのチェストに置かれた間接照明をつけ、そこに畳んで置いていた眼鏡を掛けた雅次は、橙色の光に照らされた竜二の姿に目を細めた。

「やけに色っぽい格好をしてるじゃないか」

襦袢姿の竜二を舐めるように見つめていた雅次は、竜二の頬を手の甲で撫でる。

「それに夜這いなんて、ずいぶん飢えているんだな…」

そして、竜二の耳朶を甘噛みして雅次は囁く。

「二週間前…お前が…っ中途半端に煽ったからだろ…っ」

その刺激に、竜二はぴくり、と反応しつつ、雅次を睨む。
二週間前、そう、雅次が出張に向かう直前、雅次は竜二の部屋に寄ったのだ。
それは竜二に渡すものがあったためだが、竜二に会ったなり、これから二週間も会えないという思いが雅次の頭をよぎり、時間が無いというのに雅次はつい竜二に手を出してしまったのだ。
時間の関係上、さすがに挿入までは出来なかったが、竜二の身体を散々に嬲り、これから触れられない分、雅次は大いに堪能した。

「ああ…あのことか。しかし、2回はイかせてやっただろう? お預けをくらったのは、むしろ私の方だが?」

ただ嬲るだけで、イかせぬまま放置したわけではないのだ、何故文句を言うのだとばかりの雅次の表情に、竜二は、ひくり、と顔を引きつらせた。
あの時、雅次はただ単純に、竜二に愛撫しただけではなかった。
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