牛鬼×鴆

忍耐牛と鈍感鳥《迷子編》
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馬の骨の頭部を頭に被った髪の長い少年が、長い石畳の道を駆けている。
先を急ぎすぎて、途中、何度か転びそうになっている彼は、紫色をした花の花束を両腕で抱えていた。
仏閣を彷彿とさせる建物の前まで馬頭丸がたどり着いた時、とある部屋から、縁側へ彼の目当ての青年が出てきた。
着流しの上に、家紋入りの深緑色した羽織を着た姿の短髪の青年は、馬頭丸に気付き、彼と目線を合わせるため、その場にしゃがみこんだ。

「よぉ、馬頭丸、そんな息切らせてどうしたよ?」

肩で息をしている少年に、鴆は人懐っこい笑みを向ける。

「これ…鴆様にあげようと思って。昨日、一緒に見てた薬草の本に載ってたでしょ?」

弾んだ息をなんとか落ち着かせた馬頭丸は、そう言って花束を差し出した。

「!お前、これ、紫菎花じゃねぇか。こんなたくさん良く見つけてきたなぁ」

紫菎花は、その花弁を三日間天日に曝し、乾燥させて粉末状にしたものが、胃腸薬になる。
この季節にだけ、花を咲かせるのだが、比較的、足場の悪い岩場などに自生しているため、手に入りにくい代物である。
それを花束で、ともなると、これだけ集めるのに相当、時間がかかったと思われ、鴆は馬頭丸に礼を言うなり、満面の笑顔で彼を労う。

「へへ…っ」

鴆の喜んだ顔が嬉しくて、馬頭丸は、照れたようにはにかんだ。
ちょうどその光景を、牛鬼が、部屋の障子の隙間から見ていた。
といっても、覗き見していたわけでは無い。
部屋から出ようとした時に、偶然、彼らの様子を目撃してしまい、出るに出られなくなってしまったのだ。
今出ていけば、あの微笑ましい光景に水を注すのでは、と思った牛鬼は、部屋から出ずに、そっと障子を閉めたのだった。


◆◆◆◆◆


「胃腸薬ばっか、そんないらねぇだろ」

長い前髪で、左眼を隠し、二本の脇差しを腰に帯びた姿が特徴的な少年は、自室で馬頭丸の話を聞いたなり、思いっきり彼を馬鹿にする。

「他にもっといろいろあったんじゃねぇのか?」

よりにもよって、一番どうでもいいような薬効の薬草なのだと、牛頭丸は口をへの字に曲げる。

「だって、あれが一番、キレイだったんだもん!どうせあげるんなら、キレイなお花の方が良いでしょっ?」

馬鹿にされた馬頭丸は、むっとして甲高い声で叫ぶ。

「…お前、本当に馬鹿だよな」

そんな馬頭丸に、牛頭丸は呆れ返ってものが言えないとでも言いたげな視線を彼に送る。

「もうっいいよ!…鴆様が喜んでくれたから、ボクはそれでいいんだ!牛頭に言ったボクが馬鹿だったよっ」

牛頭丸の、自分を馬鹿にした態度に腹をたてた馬頭丸は、そう言って、ぷいっと顔を背けた。

「まだお前、アイツを“様”づけしてるのかよ、オレらはアイツの下僕じゃねぇんだぜ?いい加減、やめろよな」

先程までより、更に厳しさを増した牛頭丸の声に、馬頭丸は、彼を見た。

「だって、鴆様は、牛鬼様の恩人だもの。鴆様がいなきゃ、牛鬼様、あんなに早く回復されてなかったと思うし…」

懸命に、鴆の援護をしようとしている馬頭丸の様子に馬頭丸は、舌打ちする。

「…ところで、その“鴆様”はどこ行ったんだよ。さっきから気配がねーんだけど」

話題を変えたくて、牛頭丸がそう尋ねると、馬頭丸は、にへら、と笑った。

「あのね、山に薬草採りに行くんだって言ってたよ。そう伝言を頼まれたんだ」

鴆に頼りにされたのが嬉しいのか、馬頭丸は嬉々として語る。

「はぁっ?じゃあ、まだ山にいるってことかっ?」

馬頭丸の話を聞いたなり、急に顔色を変えた牛頭丸は、いきなり立ち上がった。

「ど、どうしたのっ」

牛頭丸の様子に慌てた馬頭丸もまた立ち上がる。

「直に日が暮れる。その上、夜霧が出たら、迷うだけじゃあすまなくなるぜ?」

この周辺は足場が悪く、視界の悪い中を歩き回った場合、気付かないうちに谷底に転落、という危険性があるのだ。

「たったいへんだよっ。牛頭丸、早く迎えに行かなくちゃあ!」

やっと事の重大さに気付いた馬頭丸は、急いで鴆を迎えに行こうとするが、牛頭丸は、彼の手を掴んで止めた。

「オレが行ってくるから、お前は残れ」

「なんでっ?二人で探したほうがすぐ見つかるよっ?」

牛頭丸の命令に納得がいかず、馬頭丸が必死に彼を説き伏せようとしたが、牛頭丸は、駄目だと譲らない。

「バカヤロウ!…牛鬼様のことを考えろよ!もし鴆が行方不明だなんてばれたら、ご自分で探しに行かれるぞっ?今、無茶したら傷が開くって鴆が言ってただろっ!」

牛頭丸がそう怒鳴れば、馬頭丸は、はっとなる。

「いいか馬頭、お前は、牛鬼様に気付かれないようにするんだ」

ぐっと馬頭丸の手を握り、牛頭丸は真剣な顔で彼に命じる。

「でもっどうやって?」

「それは自分で考えろ!」

不安がる馬頭丸に、そう言い捨てた牛頭丸は、部屋を飛び出した。

「牛頭丸〜!」

鴆が心配なこともあり、“待って”と言えなかった馬頭丸だったが、その代わりに彼の名前を呼んで、牛頭丸の背中を見送った。
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