牛鬼×鴆

忍耐牛と鈍感鳥《看病編》
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隆々と筋肉が浮き出た胸から腹部にかけて、斜めに切り裂かれた刀傷からは、まだ少しの血が滲み出ている。
それを丁寧に拭き取り、消毒をし終えたところで、鴆は、清潔なガーゼに、自らが調合した化膿止めの効力がある塗り薬を塗りつける。
慣れた手つきで作業をする鴆の正面には、牛鬼が座っており、彼は着物の袖を腰の辺りまで下ろした姿で、鴆の治療を受けていた。

「日頃から鍛えてるお陰か、治りが早いな」

自分とは比べものにならない程、鍛え抜かれた肉体を前に、軽い嫉妬を感じながらも、鴆は牛鬼を見上げ殊更明るく話す。

「お前の薬の効き目がいいのだろう?」

自分の屋敷に、鴆がいるというだけで、牛鬼の理性はすでに蝕まれているというのに、今、手を伸ばせば、すぐに触れられるという距離が、更に拍車をかけている。
しかし、牛鬼は過ちを起こすまいと己を律した。

「…鴆。一度、聞こうと思っていたのだが…何故、この一件を知った?」

下手に意識せぬように、牛鬼は、鴆がこの屋敷に治療に現れた日から抱いていた疑問を口にする。
牛鬼の計画では、こんなにも早くに、鴆が己の起こした企てに気付く予定では無かったのだ。
出来るならば、一番最後に…いや、知らぬままでいて欲しかった、というのが牛鬼の本音だった。
それは、鴆に並々ならぬ好意を寄せているからだと牛鬼は気付いている。
鴆が忠誠を誓う相手に刃を向ける。
鴆が知ったならば、怒り狂いそうな罪だ。
怒るだけなら、まだましであり、軽蔑され、憎まれることに、牛鬼は怯えたのだった。
己が死ぬことよりも、鴆に嫌悪されることを、牛鬼は恐れた。
鴆の屋敷が焼け、どういう訳か、本家で住まうようになっていた鴆だったが、リクオの旅行を機に、彼は本家を出ていたはずだった。
そう仕向けたのは牛鬼であり、計画は順調だったのだが、何故か、鴆は他の幹部連中よりも早く、そして色濃い内容を知ってしまっている。
その誤算の原因を知ろうと、牛鬼は鴆の顔色をうかがう。

「ああ…鴉天狗んとこの子の1人が、オレんとこに飛んで来てな、それで話を聞いたんだ」

特に口止めもされていないのか、あっさりと鴆は答える。

「…鴉天狗の息子らとは仲が良いのか?」

牛鬼には、鴉天狗が鴆に知らせるよう息子達に命令を出したとは思えず、独断の行動だったのでは、と訝しむ。

「悪いわけじゃねぇけどな、そんなに仲良しってわけでもねぇんだ。…まぁ、ちょくちょく俺の屋敷に来てたんだ、オレの生存確認だっつてな」

失礼な奴らだろ?と少し怒り気味に話ながら、鴆は包帯を手に取る。

「けど、来るときに気の利いた土産を持ってくるから、嫌じゃねぇんだけどな」

ふと鴆は、笑みをこぼした後、綺麗に巻いた包帯を少し解く。
彼の表情に、その相手に心を許しかけているのだと悟った牛鬼は、内心、穏やかでは無かった。
だが、包帯を巻くために、鴆が牛鬼の体に密着したため、牛鬼の思考は途切れ、彼は思わず息を詰める。
鴆がこの屋敷に来て、牛鬼の看病をするようになってから、たびたび、こういった接触をしていたが、牛鬼はいまだに慣れずにいた。
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