牛鬼×鴆

忍耐牛と鈍感鳥
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障子越しに射す月明かりの白々とした明かりに、布団に横たわる男は、うっすらと左目を開けた。
そして己の傍らに感じた気配の方へ、視線だけを動かし、その主を捉える。
そこに月光を背負いながら姿勢を崩さず座するのは、鴆一派頭主、鴆。
短く切った前髪の下にある意志の強そうな瞳には、沸々とした怒りの焔が揺らめいている。
だが、彼の唇は、苦渋に固く引き結ばれ、泣くのを耐えているような危うさがあった。

「…何やってんだよ。自分がやらかしたこと、わかってんのかよ…!」

その唇から漏れた声は震え、彼の葛藤を如実に示す。

「ああ…重々承知の上だ」

正座した彼の膝の上で、細かに震える拳に視線を落とした牛鬼は、しばらくした後に、かすれた声を吐き出した。

「っ…!」

それを聞くなり、今まで静止状態をなんとか保っていた青年は、瞬時に、牛鬼の胸倉を掴んだ。

「お前の考えがわからねぇわけじゃねぇ!…でも…っいくらなんでもやりすぎだっ」

胸倉を掴んだまま、激しく激昂した鴆だったが、相手が重傷人だということを思い出したのか、それ以上、牛鬼を揺さ振ることは無く、耐えるようにぎりっと奥歯を噛み締める。
その瞳には涙が込み上げており、後ろ手を付いて上体を起こした牛鬼は、今にも零れ落ちそうなそれを指で拭った。

「触んじゃねぇ!」

途端に、温もりの乏しい手が、牛鬼の手を叩き落とす。

「オレは…お前を許さねぇ、絶対にだっ」

牛鬼が刃を向けた相手は、鴆が唯一無二と忠誠を誓った主人。
忠義に厚い彼の拒絶は、牛鬼の予想の範疇であったが、牛鬼の胸は、鈍い痛みを感じ取った。

「ならば、お前が私を殺すがいい」

努めて抑揚を付けずに命じれば、鴆は、弾かれたように牛鬼の顔を見る。

「…それが出来れば、どんなに楽かっ…!」

彼は、血を吐くように叫ぶ。
忠義厚く、そして、義理人情にも厚い鴆は、仲間を手に掛けることなど出来ない。
彼の苦悩を表したかのように、透明な雫が、蒼白い頬を伝い落ちた。

「鴆…」

その涙に、牛鬼は、衝動的に、鴆のか細い腕を掴み、己の胸へ抱き寄せたくなる気持ちを落ち着かせ、名前だけを口にする。

「オレは、お前を庇わねぇからな」

童子のように、着物の袖で涙を乱暴に拭った鴆は、きっと牛鬼を睨み下ろす。

「お前は、公の場で裁かれなきゃならねぇ。…だからそれまでに死なれちゃ困るんだ」

そう言うなり、彼は湯呑みを差し出した。
それは、若干冷めてはいるが、傷口に効くように調合された薬湯が入っている。
湯呑みを受け取った牛鬼は、躊躇いも無く中の液体を飲み干した。
舌が痺れるような苦味が口いっぱいに広がるが、その状態が、今の自分に一番相応しいとさえ思う。

「…病人のお前が、私を看病するというのか?」

そう鼻で笑ってやれば、彼の眉に皺が寄る。

「ああ」

だが、ぶっきらぼうに肯定を示され、さすがの牛鬼も瞠目した。

「お前が、勝手に死んじまわないように、付きっきりで看病してやる」

一筋縄ではいかぬような強い意志の籠もった声に、牛鬼は頭を悩ませるが、浮き足立つ心にも気付く。
そして、この男にも己は勝てぬだろうな、と密かに思うのだった。




END

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