秋房×竜二

追憶の日々 其の壱
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少年のように短く髪を切り、白い狩り衣を着たまだ幼い少女が、むせび泣いている。

「…兄ちゃんっ…竜…二…兄ちゃん…っ」

彼女の兄と同じ色をした大きな瞳から、可哀想なぐらいぽろぽろと大粒の涙を流し、少女は、自分を置いていこうとする兄に必死にすがりつこうとしている。

「駄目だろ、ゆらぁ、お前はここで秋房に修行を付けてもらうんだ。」

年の離れた幼い妹が泣いているにもかまわず、竜二は、作り笑いとわかる、嘘っぽい笑顔をその顔に貼りつけ、妹に目線も合わさぬまま、彼女を見下ろし諭した。

「そうだな?秋房」

先日見せた学生服姿とは違い、渋い色合いの着流しの上に、黒い外套を羽織った姿の竜二は、鋭い眼差しを秋房に向ける。
その眼差しに、秋房はゆらを不憫に思いながらも、うなずくことしか出来ない。

「いややっ!うちは、竜二兄ちゃんと一緒におる…っ離れたない…っ」

余程、竜二に懐いているのだろう、ゆらは首を横に振り、泣きながら小さな手で竜二の着物を掴む。

「ゆら!」

そんなゆらに、竜二は、まるで犬でも叱り付けるように厳しく彼女の名を呼んだ。

「!」

その叱咤に、ビクッ!と少女の体が大きく震える。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんの言うことが聞けない悪い子はいらないって言ったよな?…ゆらは、いらない子になりたいのか?」

竜二は、穏やかな口調で問うているが、彼女を見下ろすその瞳は凍てつき、竜二に捨てられることを恐れたゆらは青ざめ、そして手を離した。

「よし、いい子だ…」

力なく下ろされた彼女の手に視線を落としてから、竜二はゆらの頭に手を乗せ、軽く撫でる。

「秋房、ゆらを頼む」

すぐにゆらの頭から手を離した竜二は、彼らのやり取りを見守っていた秋房へ視線を戻した後、秋房の返事も聞かぬまますぐに踵を返した。
竜二の履く下駄の音が、だんだん二人から遠ざかっていく。
竜二が視界から消えるまでの間、彼が後ろを振り返ることは一度もなかった。
完全に竜二の姿が見えなくなるとすぐ、ゆらの瞳に涙が溢れ、彼女はその場にしゃがんで泣きだしてしまった。
兄の名を呼び、しゃくりあげながら泣く少女を、しばらく見ているしか出来なかった秋房だったが、彼は少し不慣れな様子で、けれど優しくゆらを抱き上げた。

「……」

何か言葉をかけなければと思うのだが、何も見つからない。
この話を持ちかけたのは竜二だが、それを承諾したのは秋房なのだ。
ゆらをこんなにも泣かせている原因の一端は、己にもあると自覚しているため、頭に浮かんでくる慰めの言葉がどれも偽善的に感じられて仕方がないのだ。
秋房はしゃくりあげる少女の背中を、彼女が泣き止むまでただ無言のまま撫で続けた。





END

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